「どうぞ、入って」
「はい、失礼します」
着替えた時と同じ部屋に、芹奈は恐る恐る足を踏み入れる。
あの時とは違い、なぜまたここに呼ばれたのか見当がつかない。
立ち尽くしていると、翔は奥のソファまで行き、置いてあった紙袋を手に芹奈を振り返った。
「君のドレス、シミ抜きをしてもらった。確認してくれる?」
「えっ、いつの間に?」
そう言えば、バスルームで身体を洗った時、脱いだドレスは壁のハンガーに掛けたままにしていたことを思い出す。
「スタッフに頼んでおいたんだ。それからこのドレスも袋にまとめてもらった。持って帰って」
ええー!?と芹奈は目を丸くする。
手渡された紙袋には、あの時選ばなかったボルドーとブルーのドレスも入っていた。
「そんな!いただけません」
「俺が持ってても仕方ないだろう」
「でしたら、返品します。試着もしてないことですし」
「この俺が返品なんてケチくさいこと出来るか」
ケチくさっ!?と芹奈は絶句する。
「返品のどこがケチなんですか!」
「あのな、俺は面が割れてるの。副社長が返品?ダサっとか思われたくない。それに自分の会社の売り上げに貢献するのは、副社長として当然だ」
「ってことは、これは副社長のポケットマネーからですか?ますますいただけません」
「じゃあ君が最初に着ていたドレスは?それだってポケットマネーだろう?」
「それは、その分も含めた充分なお給料をいただいてますから」
「俺の方がもっともらってる」
うぐっと芹奈は言葉に詰まった。
そう言われれば返す言葉がない。
副社長の給料の方がはるかに額がいいのは当たり前だ。
「でもそんなに気が引けるなら、ちょっと仕事の話につき合ってもらってもいいか?」
口調を変えた翔に言われて、芹奈も真顔に戻る。
「はい、なんでしょうか?」
「うん。今日名刺交換した山本建設の社長と副社長なんだけど、どちらも名字が同じだった。これはたまたま?それとも血縁関係にある?」
ああ、と芹奈は頷いた。
「山本建設の社長と副社長は、ご兄弟です。ですが、社長は弟さんで副社長がお兄さんなんです」
「えっ、そうなのか?なんでまた?」
「お父上である会長がおっしゃってましたが、お兄さんは表舞台に立つのが苦手で、弟さんの方が社交的だからだそうです。もっぱら社内ではお兄さんが、対外的な場では弟さんが活躍なさってます」
「そうなんだ。気をつけておこう」
そう言って翔はスマートフォンを操作し、取り込んだ名刺に注意書きを入力していく。
「あと四ツ葉建設って、俺の認識では山本建設とライバルだったと思うんだけど。今日の様子では、社長同士仲良さそうに話していた気がしたんだが」
「ええ、昔は敵対意識があったようですが、今は同士のように和やかな雰囲気ですね」
「それはなぜ?」
「四ツ葉建設の高井社長は、昔、山本建設の社員だったんです。若くして転職したのち四ツ葉建設で社長にまで登り詰めて、そこで初めて、実はかつてそちらの社員だったと山本建設の社長に打ち明けたんです。そこからは、互いに手を組んで事業に取り組んだりと、友好な関係を築いているようです」
なるほど、と翔はまたしてもスマートフォンに熱心に打ち込んでいく。
「じゃあ、この……」と新たな名刺を取り出したところで、翔はハッと思い出したように顔を上げた。
「すまない。仕事の時間は終わってたのに」
「いいえ、構わないです。パーティーでの記憶が薄れないうちに、気になるところは何でも聞いてください。私で分かることならお答えします」
にっこり笑う芹奈に、翔は少しホッとする。
「ありがとう。あ、ちょっと待って。その前にルームサービスを頼むから。パーティーで何も食べる時間がなかっただろう」
「いえ、どうぞお気遣いなく」
「俺が食べたいんだ。つき合ってくれると嬉しい」
そういうことなら、と芹奈は頷いた。
「はい、失礼します」
着替えた時と同じ部屋に、芹奈は恐る恐る足を踏み入れる。
あの時とは違い、なぜまたここに呼ばれたのか見当がつかない。
立ち尽くしていると、翔は奥のソファまで行き、置いてあった紙袋を手に芹奈を振り返った。
「君のドレス、シミ抜きをしてもらった。確認してくれる?」
「えっ、いつの間に?」
そう言えば、バスルームで身体を洗った時、脱いだドレスは壁のハンガーに掛けたままにしていたことを思い出す。
「スタッフに頼んでおいたんだ。それからこのドレスも袋にまとめてもらった。持って帰って」
ええー!?と芹奈は目を丸くする。
手渡された紙袋には、あの時選ばなかったボルドーとブルーのドレスも入っていた。
「そんな!いただけません」
「俺が持ってても仕方ないだろう」
「でしたら、返品します。試着もしてないことですし」
「この俺が返品なんてケチくさいこと出来るか」
ケチくさっ!?と芹奈は絶句する。
「返品のどこがケチなんですか!」
「あのな、俺は面が割れてるの。副社長が返品?ダサっとか思われたくない。それに自分の会社の売り上げに貢献するのは、副社長として当然だ」
「ってことは、これは副社長のポケットマネーからですか?ますますいただけません」
「じゃあ君が最初に着ていたドレスは?それだってポケットマネーだろう?」
「それは、その分も含めた充分なお給料をいただいてますから」
「俺の方がもっともらってる」
うぐっと芹奈は言葉に詰まった。
そう言われれば返す言葉がない。
副社長の給料の方がはるかに額がいいのは当たり前だ。
「でもそんなに気が引けるなら、ちょっと仕事の話につき合ってもらってもいいか?」
口調を変えた翔に言われて、芹奈も真顔に戻る。
「はい、なんでしょうか?」
「うん。今日名刺交換した山本建設の社長と副社長なんだけど、どちらも名字が同じだった。これはたまたま?それとも血縁関係にある?」
ああ、と芹奈は頷いた。
「山本建設の社長と副社長は、ご兄弟です。ですが、社長は弟さんで副社長がお兄さんなんです」
「えっ、そうなのか?なんでまた?」
「お父上である会長がおっしゃってましたが、お兄さんは表舞台に立つのが苦手で、弟さんの方が社交的だからだそうです。もっぱら社内ではお兄さんが、対外的な場では弟さんが活躍なさってます」
「そうなんだ。気をつけておこう」
そう言って翔はスマートフォンを操作し、取り込んだ名刺に注意書きを入力していく。
「あと四ツ葉建設って、俺の認識では山本建設とライバルだったと思うんだけど。今日の様子では、社長同士仲良さそうに話していた気がしたんだが」
「ええ、昔は敵対意識があったようですが、今は同士のように和やかな雰囲気ですね」
「それはなぜ?」
「四ツ葉建設の高井社長は、昔、山本建設の社員だったんです。若くして転職したのち四ツ葉建設で社長にまで登り詰めて、そこで初めて、実はかつてそちらの社員だったと山本建設の社長に打ち明けたんです。そこからは、互いに手を組んで事業に取り組んだりと、友好な関係を築いているようです」
なるほど、と翔はまたしてもスマートフォンに熱心に打ち込んでいく。
「じゃあ、この……」と新たな名刺を取り出したところで、翔はハッと思い出したように顔を上げた。
「すまない。仕事の時間は終わってたのに」
「いいえ、構わないです。パーティーでの記憶が薄れないうちに、気になるところは何でも聞いてください。私で分かることならお答えします」
にっこり笑う芹奈に、翔は少しホッとする。
「ありがとう。あ、ちょっと待って。その前にルームサービスを頼むから。パーティーで何も食べる時間がなかっただろう」
「いえ、どうぞお気遣いなく」
「俺が食べたいんだ。つき合ってくれると嬉しい」
そういうことなら、と芹奈は頷いた。



