距離感ゼロ 〜副社長と私の恋の攻防戦〜

「副社長。私はそろそろ部屋で休ませていただいてもよろしいでしょうか?」

ギフトショップを出ると、村尾は翔に切り出した。

「明日も運転しますので、身体をしっかり休ませたくて」
「そうだな、分かった。今日はありがとう。ゆっくり休んでくれ」
「はい。ではお先に失礼いたします」

翔にお辞儀をしてから、村尾は芹奈にも声をかける。

「お土産、俺が預かっておくよ」
「ありがとう。ゆっくり休んでね、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」

村尾を見送ると、翔は芹奈に向き直った。

「君は?もう少し探索する?」
「はい、お庭を見たくて」
「じゃあ、俺も行くよ」

二人でロビーを横切り、自動ドアから外に出る。
その途端に冷たい風が吹きつけてきて、芹奈はクシュンとくしゃみをした。

「軽井沢はまだ夜風が冷たいな」

そう言って翔は着ていたジャケットを脱ぐと、芹奈の肩に羽織らせる。

「え?そんな、大丈夫ですから。副社長が風邪を引いたら大変です」
「そんなにヤワじゃないし、寒がる女の子を放っておくほど情けない男でもないよ」

優しく笑いかける翔に、芹奈は思わず言葉に詰まる。

「それより、足元気をつけて。随分灯りが少ない」
「そうですね。でも星がたくさん見えて綺麗……。わっ!」

うっかり星空に見とれた芹奈が、小さな段差に気づかずによろめいた。
すかさず翔が芹奈を抱き留める。

「大丈夫?」
「はい、すみません」

顔を上げると、なぜか翔はじっと芹奈を見つめてから、芹奈の頬に手を当てた。

「あの、副社長?」
「頬がひんやりしてる。まだ寒い?」
「いえ、大丈夫です」

すると翔は両腕でギュッと芹奈の身体を胸に抱きしめる。

「えっ!副社長?」
「君の身体が温まるまでこうしてる」

そして更に頬と頬をピタリと合わせた。
あまりの距離感に、芹奈は身を固くしてピクリとも動けない。
顔が一気に赤くなるのが分かった。

「ん?すごいね。瞬間沸騰の電気ケトルみたい」
「な、なにがですか?」
「あっという間に頬が熱くなった」

確かめるように、今度は反対側の頬をくっつける。
翔の頬の冷たさに芹奈が思わず「気持ちいい……」と呟くと、翔は笑い出した。

「はは!これだけ熱いとね。冷やさなきゃ」
「あの、もう充分温まりましたから」
「そっか」

ようやく翔は身体を離すと、左手で芹奈の肩を抱いて歩き出す。

「暗いから足元気をつけてね」
「はい。あの、副社長」
「ん?なに」
「海外の方って、皆さんこんなに距離感ゼロなんですか?」

どういうこと?と翔は首をひねる。

「だって、日本では挨拶もせいぜい握手くらいで、ハグもチークキスもしないし、女性をエスコートしたりもしません。こんなふうに肩を抱いていると、恋人かと間違われてしまいますよ?」
「そうなんだ。気をつける」

口ではそう言いつつ、一向にやめる気配はない。

「慣れてらっしゃいますよね。副社長にとっては自然なことなんですね、こういうのも」

すると翔はクスッと笑ってから芹奈を見た。

「恋人に間違われても構わないからこうしてるんだ。エスコートで肩を抱いても何も思わない。だけど今は緊張してる」
「あ、私がエスコートに慣れてないからですか?ごめんなさい」
「どうしてそうなる?緊張するのは俺が君を意識してるからだ」
「へえ、海外のリップサービスってそういう感じなんですね。映画の世界みたい」

ガックリと翔はうなだれる。
今は何を言っても、すかしたハリウッド俳優気取りのイタイ男に思われるだろう。
ここは大人しく黙っておくことにした。

「夜にこんなふうに緑の中をお散歩出来るのは贅沢ですね」
「そうだな。マンションのプランにもぜひ庭園は取り入れよう。そうすることで車道からの騒音も減らせるしな」
「なるほど、いいですね」

自然の美しさをそのまま生かした庭を堪能し、二人は部屋に戻った。