「村尾くん、運転上手だよね。全然身体が振られないもん。乗っててすごく快適」
「そうか?大学の時につき合ってた彼女が、車酔いしやすくてさ。気を遣って運転する癖がついたんだ」
「そうなんだ!優しいね、村尾くん」
「結局フラれたけどな」
「そっか……って、待って。村尾くんから恋愛の話聞くの、初めてかも?」
「そうだっけ?まあ、社会人になってからはとんとご無沙汰だしな」

ふふ、お互いねと芹奈が笑った時、村尾はバックミラー越しにとてつもない圧を感じて身震いする。

言わずもがな、翔が鋭い視線を突き刺していた。

マズイ……と村尾は顔をしかめ、口をつぐむ。

だが芹奈は意に介さず再びしゃべりかけてきた。

「村尾くん、運転してるとかっこいいね」

んんっ!と後ろで翔が咳払いする。
村尾は慌てて芹奈に否定した。

「そ、それはアレだよ。マジックってやつ。ハンドル握ると誰でも何割か増しに見えるってだけだ」
「そうなのかな?でも私、タクシーの運転手さんには何も思わないよ?」
「ああ、まあ、うん、そうかも」
「でしょ?やっぱり村尾くんの運転してる姿がかっこいいんだよ。あ、チョコ食べる?」

芹奈はゴソゴソとバッグの中を探る。

「いや、大丈夫」
「村尾くんの好きなオレンジビターチョコだよ?いっつも私が食べてると横から奪うじゃない」
「そうだけど、今はほら、運転中だから」
「じゃあ、はい」

そう言って芹奈は無邪気に村尾の口元にチョコを差し出した。

「ええー!?いや、いいから」

と言った瞬間、芹奈は村尾の口の中にポイとチョコを食べさせた。

「おい、村尾」

背後から恐ろしい声がして、村尾は思わずゴクリとチョコを丸呑みしてしまう。

ゴホッ!とむせると、慌てて芹奈が缶コーヒーを差し出した。

「大丈夫?ほら、これ飲んで」
「あ、ああ、うん」

ゴクゴクと飲んでから大きく息をつき、村尾は表情を引き締める。

「芹奈、ちょっと運転に集中したいから、黙っててくれる?」
「えっ、あ、ごめんね。うるさかったね」
「いや、いいんだけど。あ、やっぱりよくないかも」
「分かった。黙ってるね、ごめんなさい」

シュンと小さく縮こまる芹奈に申し訳ないと思いつつ、村尾は背後からの翔の圧に怯えていた。

ようやく最初の目的地に着くと、村尾は芹奈に声をかける。

「芹奈、副社長のこと頼めるか?俺、このあとのルートマップ確認したくてさ。フードコートで待っててもいいか?」
「うん、分かった。じゃあ行ってくるね」
「ああ、頼む。副社長、申し訳ありません」

村尾は翔にも頭を下げた。

「いや、こちらこそ運転任せて悪いな。ゆっくり休憩しててくれ」
「はい、ありがとうございます」

肩を並べて歩いて行く二人を見送ると、村尾は、うーん…と伸びをする。

「はー、やれやれ。運転よりもはるかに疲れたわ。次は芹奈を後ろの席に座らせよう。うん、それがいい」

己に頷くと、コーヒーを買ってのんびりくつろぐことにした。