芹奈が働くのは、日本の3大総合デベロッパーのうちの一つ、神蔵(かみくら)不動産。

オフィスビルやマンション、商業施設やホテル、リゾート施設などの様々な開発を、土地の取得から企画、設計、建設、販売まで幅広く行っている。

今夜のパーティーが開かれているのも神蔵が手掛けたホテルで、都内の一等地にありラグジュアリーな高級ホテルとしても名高い。

「おお、里見(さとみ)くん。探していたよ」

社長に言われて芹奈は深々と頭を下げる。

「席を外しておりまして、申し訳ございませんでした」
「そうか、いや構わんよ。翔がこれから挨拶回りをするんだが、君が案内してやってくれるかい?」
「承知いたしました。それでは副社長、ご案内いたします」

芹奈は社長にお辞儀をしてから、翔を取引先の重役の元へと案内した。

ぐるりと会場内を見渡し、優先順位を頭の中で考えながら歩いて行く。

「副社長。あちらは四ツ葉建設の高井社長でいらっしゃいます」

さり気なく目配せしながらささやくと、翔は芹奈に頷いてから高井社長に近づき、挨拶を始めた。

名刺交換の様子を見守りつつ、次に挨拶する人を考えてまた案内する。

何度も繰り返し、ようやくひと通りの挨拶を終えると、食事と歓談の時間は終わっていた。

司会者がマイクを握り、副社長の紹介と挨拶に移る。

村尾が促して、翔はステージに上がった。

「皆様、初めまして。神蔵 翔と申します。本日は我が神蔵不動産のパーティーに足をお運びいただき、誠にありがとうございます。私は10年間日本を離れておりまして、先月帰国したばかりでございます。この10年の、あまりの日本の進化ぶりに驚くと同時に、日本人であることを誇りに思いました。日本の建築技術はまさに世界トップクラスであります。それはひとえに、今この場にいらっしゃる皆様のお力によるものだと感じ、これから皆様と一緒に少しでも日本をより良くするお手伝いが出来ればと願っております。住みやすい街、人々の笑顔が溢れる毎日を目指して、日々精進して参ります。どうぞご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」

良く通る艶のある声ではきはきと述べてから、深々と頭を下げる翔に、会場から温かい拍手が起こる。

ゆっくりと顔を上げると場内を見渡し、笑みを浮かべてもう一度お辞儀をしてから、翔はステージを下りた。