距離感ゼロ 〜副社長と私の恋の攻防戦〜

「なんなのもう、どういう展開?だから恋愛って面倒なのよ。仕事に集中出来ないじゃない」

ドリップコーヒーを淹れながら、芹奈はブツブツと愚痴をこぼす。

「あーあ、やっぱりズバッと断ろうかな。あなたのこと嫌いになったの!って、嘘も方便で」
「そんな嘘では納得出来ないなあ」

急に後ろから聞こえてきた声に、芹奈はガタッと後ずさった。

「い、井口くん!?どうしたの?」
「里見さんを手伝いに来ました」
「いやいや、一人で大丈夫だから」
「というのは建前で、少しでも二人きりになりたくて」
「ちょ、あの、言ったでしょ?ここは会社で、今は仕事中よ」
「分かりました。ではさっさと戻って仕事しましょう。手伝いますね」

そう言うと芹奈の隣に立ち、トレイにメンバーのマグカップを並べていく。

「俺が淹れますよ。里見さんの綺麗な手を火傷させたら大変だから」

コポコポと井口がカップに順番に注ぐのを、芹奈はうつむいたまま見守る。
するとまたしても、クスッと井口が笑った。

「里見さん、昨日からずっと可愛いです。意外だったな、こんなに恥じらう人だったなんて。俺、もっと里見さんが好きになりました」
「な、なにを……。井口くん、仕事中なんだからね?」
「じゃあ、仕事が終わったら二人の時間をくれますか?」
「だめだめだめだめ」
「そんなに全力で否定しなくても……。傷つくな。だけど俺、ますます諦められなくなりましたから。じゃあ、これ持って行きますね」

トレイを手にスタスタと井口が給湯室をあとにすると、芹奈は、はあーっと深いため息をつく。

「もうやだ。社内恋愛禁止にして欲しい」

とにかく井口とはなるべく会わないようにしようと、芹奈はデスクに戻るとタブレットを手にそそくさと部屋を出た。