「副社長、お戻りでしたか。今、社長がステージで挨拶されていまして、これから乾杯となります」

戻って来た翔と芹奈を見て、村尾がすぐさま歩み寄って来た。

「ありがとう、助かった」

手渡されたシャンパングラスを受け取ると、翔は口角を上げて村尾に頷く。

程なくして乾杯!と声が上がり、皆でグラスを掲げた。

「芹奈、どこ行ってたんだ?ってか、随分色っぽいドレスだな。どうしたんだ?それ」

ざわざわとゲストがおしゃべりしながら食事を始めたのを見て、村尾が芹奈に声をかけてきた。
同じ秘書室の同期で、村尾も芹奈も27歳。

去年から村尾が社長の第一秘書、芹奈が第二秘書になったが、今月から村尾だけが副社長秘書となり、芹奈はそのまま社長の秘書を一人でこなすことになっていた。

「うん、ちょっとワインで汚れちゃったから着替えたんだ」
「そうだったんだ。って、ん?なんかいい香りするな」
「ああ、シャワー浴びたから。このホテルのアメニティ、すごくいいよね」
「え?シャワーって、どこで?」

もしや、と村尾は、社長と一緒にゲストと和やかに話をしている翔に目を向ける。

「お前、副社長の部屋にいたのか?」
「え、な、なんで?」
「だって俺、今日副社長に頼まれて客室押さえたんだ。帰るのが億劫だから、今夜はこのホテルに泊まるって言われて。そうなんだろ?さっきも一緒に戻って来たし」
「うん、まあ、そうなんだけど。それより村尾くん、副社長ってどんな方?」

翔は、先月まで海外支社で10年勤めていた社長の息子で、今月から本社勤務となり副社長に就任したばかり。
副社長つきの秘書となった村尾でさえ、まだつき合いは浅い。

「んー、俺も副社長について1か月も経ってないから、なんともなあ。仕事はバリバリ出来る方だっていうのはよく分かるけど」
「そうよね。10年間で海外のあちこちに支社を立ち上げた有能な方だもんね」
「うん。32歳は副社長としては異例の若さだけど、10年の実績で満を持してってことだろうな。俺達は入社5年だから副社長とは初めましてだけど、室長から副社長につくようにって辞令を受けた時、色々話を聞いたよ。とにかく仕事が速いんだって。無駄な動きが一切なく、常に一歩先を読んで先手を打つ。シンプルに、スピーディーに、かつ的確に。根っからの理系気質なんだろうな」

ふうん、と芹奈は先程のことを思い出す。

ドレスが汚れた芹奈をすぐに客室に連れて行き、シャワーを浴びている間にホテルに頼んでドレスを3着用意させていた。
そして芹奈が着替えると、すぐさまパーティーに戻る。
時間にして20分程。
まさにその判断力、決断力を垣間見た気がした。

その時、常に視線を向けて見守っていた社長がスッと辺りに目をやった。
自分を探しているのが分かり、芹奈はハッとする。

「村尾くん、私もう行くね」
「そうだな。俺も副社長についてるよ」

二人でそれぞれ社長と副社長の元に向かった。