距離感ゼロ 〜副社長と私の恋の攻防戦〜

「今日このあと、二人さえよければ夕食をどこかでと思ってるけど、どう?」

しばらくして翔が切り出し、村尾は頷いた。

「はい、俺は大丈夫です。芹奈は?」
「私も大丈夫で……、あ!そう言えば井口くんと約束してたんだった」
「井口と?なんて?」
「戻って来たらお話があるので、少し時間くださいって。ほら私、社長秘書の代理を井口くんに頼んでるでしょ?その申し送りだと思うんだ」

芹奈、それって、と村尾が口を開いた時、翔のスマートフォンに電話がかかってきた。
「悪い」と断って翔は店の外へ行く。

その背中を見送ると、村尾は声を潜めて芹奈に話し出した。

「芹奈、ひょっとして井口から何か言われたか?」
「何かって、何を?」
「うん、その……。じゃあ質問を変える。少し前、俺に芹奈とつき合ってるのかって聞いてきたやつがいるって話しただろ?あれ、誰だか分かった?」
「あー、うん。井口くんなんだってね」
「ってことはやっぱりお前、井口に告白されたんだな?」

あっ!と芹奈は思い出した。

「そうだ、忘れてた!」
「は?忘れてた?」
「うん。その時菜緒ちゃんが来たから、途中で話が終わってて」
「告白されて返事はまだってことか。それなら今日井口が話したいことがあるっていうのも、間違いなくそれだな」
「それって?」
「告白の返事を聞かせてもらいたいんだろう」

え、どうしよう、と芹奈は思わずうつむいて考え込む。

「違うんじゃない?やっぱり仕事の申し送りだよ」
「もし違わなかったら?」
「うぐ……、どうしよう」

ますます芹奈は肩を落とした。

「どうしようって言われてもなあ。自分の気持ちを素直に伝えるしかないだろ?」
「そんな、なんて言えばいいの?」
「知るかよ。告白の返事に正解も不正解もないんだから、正直に話せば?」
「うーん……。とにかく今はなんか、困るな。そうだ!仕事が長引いて今日は帰社出来ないってことにすれば」
「だーめ。あの井口が勇気出して告白したんだぞ?きちんと答えてやれ。今夜の食事はお前抜きで行ってくる」

そんなあ、と芹奈が困り果てた時、「お待たせ」と翔が戻って来た。

「副社長、里見はどうしてもやり残した仕事があって、社に戻らなくてはいけないそうです。今夜の食事は私と二人でも構いませんか?」
「そうか、残念だが今回はそうしよう。じゃあ村尾。男二人だし、今夜は居酒屋で飲むか」
「はい、よろしくお願いします」

芹奈はもはや口を挟めず、しょんぼりと眉根を寄せていた。