距離感ゼロ 〜副社長と私の恋の攻防戦〜

始業時間が近づき、他のメンバーも次々と出社してくる。
芹奈はいつもと同じようにエントランスで社長を出迎え、社長室に着くと1日の予定を報告した。

「本日のご予定は以上です。それから本日わたくしは副社長と視察に向かう為、社長秘書代理は井口が行います。よろしくお願いいたします」
「ああ、それでいつもと違う雰囲気の服装だったんだね。分かった。よろしく頼むよ」
「はい、それでは失礼いたします」

社長室を出て秘書室に戻ると、ちょうど村尾も戻って来たところだった。

「芹奈、もう出られるか?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ行こうか」

今日はお台場と豊洲の辺りを回ることになっている。

「すぐ着いちゃうだろうから、まずはエリアの探索をしながらショップの開店を待とうか」
「そうだね」

二人で連れ立って副社長室に行くと、村尾がドアをノックした。

「どうぞ」
「失礼いたします。副社長、我々は準備出来ましたがいかがでしょう?」
「悪い、1件だけ電話入れさせてくれ。ソファに座って待ってて」
「かしこまりました」

窓の外を見ながら翔が英語で電話の相手と話すのを、芹奈は村尾とソファに座って見守る。
海外とは時差の関係で、朝や夜に主にやり取りすることになるのだろう。

「村尾くん。副社長って海外支社とのやり取り、まだ当分残ってるの?」

芹奈は声を潜めてそっと隣の村尾に聞いてみた。

「そうみたいだな。しかも1か所だけじゃない。アジアや欧米の、いくつもの支社とやり取りされてるんだ」
「そう、大変だね」

真剣な表情で話している翔は寝起きとは違い、髪も綺麗に整えてスリーピースのスーツをスマートに着こなしている。
数時間前のことを思い出した芹奈は、慌てて視線を落とした。

(思い出しちゃだめ。仕事仕事……)

気持ちのスイッチを入れ替えようと、必死に心の中で繰り返していた。