食事を終えると、三人はショッピングモールを見て回る。

「このアメリカの雑貨屋さん、女性に人気ですよ。特にエコバッグはオシャレで、私も色違いを3つ持ってます」
「ほんとだ。あの人が持ってる『Knick Knack』ってロゴ入りのがそうか?」
「はい、そうです。カフェも併設していて、パンやスイーツも美味しいですよ」

芹奈は他にも、流行りのファストファッションや話題のレストランを案内した。

「ショップガイドを持ち帰って、どんなお店があるかをまとめますね。人気店は他のショッピングモールにも入っていると思いますので、そういったことも含めて資料を作成しておきます」
「助かるよ、ありがとう」

夕方になると社に戻り、芹奈は秘書室のメンバーに声をかける。

「ただ今戻りました」
「あ、お帰り、芹奈」
「お土産にお菓子を買って来たので、今コーヒーを淹れますね」

そう言って給湯室に行くと、井口があとを追って来た。

「里見さん、手伝います」
「ありがとう。そうだ、井口くん。社長秘書代理頼んじゃってごめんね。大丈夫そう?」
「はい、僕は大丈夫です。社長は大丈夫じゃないかもしれないですけど」
「あはは!そんなことないよ。井口くんならって、私も安心して推薦したんだから」
「えっ、里見さんが僕を指名してくださったんですか?」
「そうだよ?だって井口くん、人当たりもいいし仕事も丁寧だもん。何も心配してないよ」

すると井口は手を止めてうつむく。

「えっ!どうかした?井口くん、ひょっとして嫌だったの?社長秘書」
「違います。嬉しくて……」
「ん?社長秘書が?そうなんだね。社長も井口くんの働きぶりを評価してくださると思うよ」

そっかー、きっと井口くんもすぐに昇進するよ、と言いながらコポコポとカップにコーヒーを注いでいると、いきなり井口がズイッと詰め寄ってきた。

「里見さん!」
「わ!なに?コーヒーがかかっちゃって危ないよ?火傷するから離れて」
「そんなことはいいんです」
「いや、よくないでしょ。井口くんの手が……」
「あの、僕、村尾さんに聞いたんです。里見さんとつき合ってるんですか?って」

ああ!と芹奈は思い出す。

「あれ、井口くんだったのか。聞いたでしょ?私達、つき合ってないよって」
「はい。それを聞いて僕、嬉しくて。だから決めたんです。絶対に告白しようって」
「告白……?」

芹奈はコーヒーを注ぐ手を止める。

それってもしや?と思っていると、井口が芹奈の手からコーヒーポットを取り上げ、両手を握りしめてきた。

「里見さんは、ずっと僕の憧れの女性でした。綺麗で仕事が出来て、誰にでも優しくいつも笑顔で。そばにいられるだけで良かったんです。だけど日に日に想いが強くなってきて、憧れが好きに変わっていきました。告白してもフラれると思って諦めてましたが、村尾さんとつき合ってないと分かって勇気が湧いてきたんです。里見さん、今フリーなんですよね?だったら今しかチャンスはないって。他の人に奪われる前に告白しようって。だから思い切って言います。里見さん、僕とつき合ってください」

お願いします!と頭を下げられ、芹奈はしばし言葉を失くす。

「えっと、井口くん」
「はい、なんでしょう?」

緊張の面持ちで井口が顔を上げた。

「色々私のこと、誤解してると思うよ?」
「誤解、ですか?」
「うん、なんか美化してる。私は井口くんに憧れてもらえるような素敵な人ではないよ。見た目も中身もごく普通。それに他の人に奪われるだなんて、そんなこともない。社会人になってから今までずっと、誰にも声をかけられたりしてないし、恋愛ともさっぱり無縁だったもん」
「そんな。里見さんは僕から見ると、すごく笑顔が可愛らしい人です」

ええ!?と芹奈は思わず顔を赤らめる。
年下の、それも井口のような弟キャラに可愛らしいと言われるのは、なんともむず痒い。

「誰にも声かけられなかったのは、里見さんは村尾さんとつき合ってると勘違いされたからですよ。僕もそう思い込んでましたし。でもそれが誤解だと分かれば、きっと色んな人から告白されると思います」
「いやいや、ないない。そもそも秘書室にいる男性って、村尾くんと井口くんだけでしょ?」
「秘書室以外の人も狙ってますよ、きっと」
「それはないよー。うん、ないない。だって私、他の部署の人あんまり知らないもん。仕事柄、役員の方しか面識ないし」
「そんなことありますって!社食で話してるのを聞いたことありますよ?里見さん、いいよなって」
「嘘っ!誰に?なんか怖い。コソコソ噂されるくらいなら、面と向かって話してきてよー」
「だめですよ!そしたら里見さん、色んな人に言い寄られて……」

その時、「大丈夫ですかー?コーヒー、手こずってます?」と菜緒が姿を現した。

「あ、ごめんね菜緒ちゃん。今持って行くね」

三人で手分けしてコーヒーを運ぶ。
結局井口の告白は、そのままうやむやになってしまった。