「村尾くん、送ってくれてありがとう。ごめんね、わざわざうちまで」
「いいよ。大して遠くないし」

居酒屋を出ると、村尾は芹奈のワンルームマンションまで送ると言って聞かなかった。

玄関の前ですぐさま引き返そうとする村尾を、芹奈は呼び止める。

「ね、お茶でも飲んでいかない?」

すると村尾は、驚いたように芹奈を振り返った。

「ん?どうかした?」
「いや。あのな、芹奈」
「うん、何?」
「気安く男をひとり暮らしの部屋に上げるな。たとえ俺でもな」

え?と芹奈は意外そうに首を傾げる。

「村尾くん、前はよくうちに上がってたじゃない?」
「それは大昔の話だろ?」
「大昔って、5年前だよ?」

入社してすぐの頃、居酒屋に行かない日は互いのうちに行き、真剣に仕事のことを話し合っていた。

なんなら、そのまま机に突っ伏して朝まで寝てしまったこともあるくらい、村尾とは気心の知れた仲だ。
今更どうこうなるとは、芹奈には考えられなかった。

「なりふり構わず必死だった新人の頃とは、状況も変わってる。お互い気持ちにも余裕が出てきたし、芹奈だって大人っぽくなった。スキを見せたら狙われるぞ?」
「ええ!?まさか。私、別にどこも変わってないよ?」
「自覚がないのが一番怖いな。芹奈、誰とは言えないけど俺に聞いてきたやつがいる。芹奈とつき合ってるのか?ってな。もちろん否定しといたぞ。そしたら嬉しそうな顔してた」

へ?と、芹奈は間抜けな声を出してしまう。

「なにそれ。どういう意味?」
「おまっ、鈍すぎるだろ!?自分で考えろ。じゃあな」

エレベーターの横の階段をタタッと駆け下りて行く村尾を、芹奈はポカンとしながら見送った。