「芹奈、今日飯食いに行かないか?」
「おっ、いいね。久しぶりに行こうか」
その日の仕事終わり、村尾に声をかけられて、芹奈は二人で行きつけの居酒屋に向かった。
「お疲れ様、乾杯!」
ビールで乾杯し、お気に入りの品をオーダーすると、村尾が切り出す。
「副社長つきに異動してから、ようやく最近落ち着いてきた気がする。芹奈は?社長秘書、一人でも平気か?」
「うん、今のところはね。社長も相変わらず優しいし」
「そうだな。芹奈の仕事ぶりを評価してくださってる。社長に信頼されてるよな、芹奈は」
「え、そうかな?」
「そうだよ。だから俺が抜けたあと、代わりの秘書をつけずに芹奈一人で大丈夫だっておっしゃったんだろうし」
うん、と芹奈は視線を落として考える。
「でもそれは、全部村尾くんのおかげだよ。私、村尾くんと一緒に社長についてから、毎日が勉強になることばかりだった。秘書って、こんなにあちこちに気を配りながら、誰よりも早く動かなくちゃいけないんだなって。裏方に徹していかに円滑に物事を進められるか、無駄な時間を省いていかに気持ち良く業務に専念してもらえるかに努める。それを身を持って教えてくれたよね、村尾くんは」
芹奈の言葉に、村尾は照れくさそうに笑う。
「そんなに美化しないでくれ。俺だって新人の頃は何も分からなかったんだから。先輩に叱られながら、毎日必死だったよ」
「それを私にも伝えてくれたよね、勉強会って言って」
「ははっ!懐かしいな」
ビールを飲みながら、村尾は当時を思い出すように遠くを見つめた。
「俺達、同期で配属先も同じだったから、なんかもう戦友だったよな。仕事終わりにここへ来て、こんなこと言われたーってへこんでさ。勉強会とは名ばかりの、愚痴こぼし大会」
「ふふっ、確かにそうだったね。あの頃よりは成長してるかな?」
「そりゃな。だって俺達、社長と副社長つきの秘書だぜ?なかなかのもんだろ?」
「まあ、聞こえはいいけど。実際は常務秘書の方がはるかに大変だよね」
「ああ、常務のお相手は先輩じゃなきゃ無理だ」
気難しい性格の役員につくより、社長についた方がやりやすいのが現状だった。
「副社長もさ、最初は近寄りがたい雰囲気だなって思ってたけど、全然そんなことなかった。俺、あの人のこと尊敬するわ。仕事はバリバリ出来るし、時間の使い方も身のこなしもとにかくスマート。あの人がいずれ我が社を背負って立つんだなって思うと、すごく安心するしワクワクする。俺、ずっとあの人の秘書でいたいくらい」
へえー!と芹奈は感心する。
「村尾くん、ベタ褒めだね。そんなにすごい方なんだ、副社長って」
「ああ。俺もあんなふうになれたらっていう、男の憧れかな?」
「そっか。菜緒ちゃんみたいに女の子からモテるのは分かるけど、同性の村尾くんも憧れるんだね。すごいなあ」
すると、そうだ、と思い出したように村尾が声を潜めた。
「室長がチラッと話してたんだけどな。副社長秘書に誰をつけるかってなった時、最初は俺じゃなくて芹奈の名前が挙がってたんだって」
「やっぱり?おかしいと思った。普通に考えたら、村尾くんが社長に一人でついて、第二秘書だった私が異動する方が自然だもん」
「それがなんで変わったかっていうとな……」
「うん、どうして?」
「副社長つきの秘書が芹奈だと、女性社員のバトルが勃発しそうだからって」
バトル?と芹奈は眉をひそめる。
「つまり、芹奈が妬まれたりするかもしれないってこと。あんなにハイスペックでイケメンの御曹司だからな、副社長は」
「なるほど、確かに想像つく。私が副社長の隣にいたんじゃ、どうしてあんな子が?って思われるよね」
「芹奈がどうこうってことじゃないよ。女性秘書なら誰でもやっかまれる」
「うっ、なんだか怖いね」
「まあ、だからさ、俺で良かったよ。副社長としては、可愛い女性秘書の方が良かったかもしれないけどな」
「うーん、それもそれでどうなんだろう?ほら、副社長の彼女は心配になるんじゃない?」
あー、と村尾は宙に目をやる。
「彼女か……。いるのかな?」
「モテるからいるんじゃない?」
「でも、そんな素振りは微塵もないぞ。電話かけたりメッセージ送ったりとかも。いつも自宅と会社の往復だし。って、プライベートを詮索するのは良くないか」
「そうだね。この話はおしまいにしよう。あ、だし巻きたまご頼んでもいいい?」
「どうぞー。俺もビールおかわりしよ」
そのあとも二人で楽しく飲んだ。
「おっ、いいね。久しぶりに行こうか」
その日の仕事終わり、村尾に声をかけられて、芹奈は二人で行きつけの居酒屋に向かった。
「お疲れ様、乾杯!」
ビールで乾杯し、お気に入りの品をオーダーすると、村尾が切り出す。
「副社長つきに異動してから、ようやく最近落ち着いてきた気がする。芹奈は?社長秘書、一人でも平気か?」
「うん、今のところはね。社長も相変わらず優しいし」
「そうだな。芹奈の仕事ぶりを評価してくださってる。社長に信頼されてるよな、芹奈は」
「え、そうかな?」
「そうだよ。だから俺が抜けたあと、代わりの秘書をつけずに芹奈一人で大丈夫だっておっしゃったんだろうし」
うん、と芹奈は視線を落として考える。
「でもそれは、全部村尾くんのおかげだよ。私、村尾くんと一緒に社長についてから、毎日が勉強になることばかりだった。秘書って、こんなにあちこちに気を配りながら、誰よりも早く動かなくちゃいけないんだなって。裏方に徹していかに円滑に物事を進められるか、無駄な時間を省いていかに気持ち良く業務に専念してもらえるかに努める。それを身を持って教えてくれたよね、村尾くんは」
芹奈の言葉に、村尾は照れくさそうに笑う。
「そんなに美化しないでくれ。俺だって新人の頃は何も分からなかったんだから。先輩に叱られながら、毎日必死だったよ」
「それを私にも伝えてくれたよね、勉強会って言って」
「ははっ!懐かしいな」
ビールを飲みながら、村尾は当時を思い出すように遠くを見つめた。
「俺達、同期で配属先も同じだったから、なんかもう戦友だったよな。仕事終わりにここへ来て、こんなこと言われたーってへこんでさ。勉強会とは名ばかりの、愚痴こぼし大会」
「ふふっ、確かにそうだったね。あの頃よりは成長してるかな?」
「そりゃな。だって俺達、社長と副社長つきの秘書だぜ?なかなかのもんだろ?」
「まあ、聞こえはいいけど。実際は常務秘書の方がはるかに大変だよね」
「ああ、常務のお相手は先輩じゃなきゃ無理だ」
気難しい性格の役員につくより、社長についた方がやりやすいのが現状だった。
「副社長もさ、最初は近寄りがたい雰囲気だなって思ってたけど、全然そんなことなかった。俺、あの人のこと尊敬するわ。仕事はバリバリ出来るし、時間の使い方も身のこなしもとにかくスマート。あの人がいずれ我が社を背負って立つんだなって思うと、すごく安心するしワクワクする。俺、ずっとあの人の秘書でいたいくらい」
へえー!と芹奈は感心する。
「村尾くん、ベタ褒めだね。そんなにすごい方なんだ、副社長って」
「ああ。俺もあんなふうになれたらっていう、男の憧れかな?」
「そっか。菜緒ちゃんみたいに女の子からモテるのは分かるけど、同性の村尾くんも憧れるんだね。すごいなあ」
すると、そうだ、と思い出したように村尾が声を潜めた。
「室長がチラッと話してたんだけどな。副社長秘書に誰をつけるかってなった時、最初は俺じゃなくて芹奈の名前が挙がってたんだって」
「やっぱり?おかしいと思った。普通に考えたら、村尾くんが社長に一人でついて、第二秘書だった私が異動する方が自然だもん」
「それがなんで変わったかっていうとな……」
「うん、どうして?」
「副社長つきの秘書が芹奈だと、女性社員のバトルが勃発しそうだからって」
バトル?と芹奈は眉をひそめる。
「つまり、芹奈が妬まれたりするかもしれないってこと。あんなにハイスペックでイケメンの御曹司だからな、副社長は」
「なるほど、確かに想像つく。私が副社長の隣にいたんじゃ、どうしてあんな子が?って思われるよね」
「芹奈がどうこうってことじゃないよ。女性秘書なら誰でもやっかまれる」
「うっ、なんだか怖いね」
「まあ、だからさ、俺で良かったよ。副社長としては、可愛い女性秘書の方が良かったかもしれないけどな」
「うーん、それもそれでどうなんだろう?ほら、副社長の彼女は心配になるんじゃない?」
あー、と村尾は宙に目をやる。
「彼女か……。いるのかな?」
「モテるからいるんじゃない?」
「でも、そんな素振りは微塵もないぞ。電話かけたりメッセージ送ったりとかも。いつも自宅と会社の往復だし。って、プライベートを詮索するのは良くないか」
「そうだね。この話はおしまいにしよう。あ、だし巻きたまご頼んでもいいい?」
「どうぞー。俺もビールおかわりしよ」
そのあとも二人で楽しく飲んだ。



