「――マーセルと、マティス殿下が……」
「わたくしはマティス殿下との婚約を望んでおりません。……それに、マーセルが本来の公爵令嬢なのですから、彼の婚約者は彼女のほうが……」
「それはいけません!」

 大声でそう叫ぶノランさま。自分の声の大きさに驚いたのか、口元を手で押さえて、苦々しく眉間に皺を刻むのを見て、わたくしは目を細める。

「――なぜ?」

 冷たく、鋭い声が出た。

 ……わたくし、こんな声も出せたのね。身体はマーセルのものだけど。

 マーセルの顔で、きっと彼が聞いたことのない冷たい声色の言葉を聞いて、ノランさまはふるふると身体を震わせた。

「――言えない」

 ブレンさまが笑みを引っ込めて、ノランさまをじっと見つめる。

 彼の、そんな表情を見るのは初めてで……こんなに真面目な表情を浮かべることができるのね、と心の中でつぶやいた。

「言えないように、魔法がかかっていますね」
「え? そんなこともできるの?」
「まぁ、これも呪いに近いですけれどー……でもね、僕なら解けます。相手に気付かれないように、ね。レグルスさま」
「許可する。ブレン、――楽にさせてやれ」
「レグルスさまの御心のままに」

 ブレンさまが立ち上がり、レグルスさまに身体を向けて胸元に手を置き、小さく頭を下げる。

 そして、ノランさまに手を伸ばした。

 ノランさまはただじっとしていた。動けないのだと思う。

 手のひらから、淡い光が放たれる。それを見ていたわたくしとマーセルは、ぐっと胸元に手を置いて服を握りしめた。

 なにかが――外れるような、そんな感覚。