名も無き君へ捧ぐ


「きゅうりの匂いするーとか言って、笑ってたけど
可愛いよね。公園でお姉が最初に見つけたんだよね」

「そうだっけ」

「そうだよー、お人形さんの家具セットにあったカップを花瓶代わりしてよく飾ったよね」

「ふふふ、そうだったね。おばあちゃんも一緒になって花摘んでたね。確か、こんな季節だったね」

「でもさ、本当の名前って何だろうね。アオゾラヒメってお姉が勝手に呼んでたんでしょ。私、桶戻してくるね」

「本当の名前か....」

「ま、私はアオゾラヒメって名前好きだけどねー」


振り返って奈子がにっと笑った。


『僕も悪くないと思います』


「え?」


どこからともなく、ハキハキした澄んだ男の人の声がした。
あまりにもタイミングが良すぎる言葉。



どこかで聞いた事があるような、ないような....。


聞き間違い....?


この辺りにはもう参拝者は居ないはず。


でも怖いという感覚はなかった。

むしろ....、懐かしさを感じる。






時折、こんな風に何の気なしに懐かしい気分が降り注ぐ。
胸がほっこり温かくなってほぐされる。

不思議だけど、それも含めて心地がいい。



「お姉ー、そろそろ帰ろ」

「うん」




アオゾラヒメにそっと指先で触れ、別れの挨拶。


立ち上がるとさわさわと風がそよいだ。


霊園内にある大きな桜が満開を迎えていた。







明日は土手の桜並木を歩こう。




きっと満開なはずだ。




髪の毛も切ろう。



色も思い切って染めてみよう。







春を迎えることが、ワクワクしている。

ここ数年には無かった気持ちだった。



どこから来るのだろう。


どうしてほんわか懐かしい感覚になるのだろう。






遠いどこか、ずっと昔、春に私は大切な出会いをしたのかもしれない。