名も無き君へ捧ぐ


「いえ。僕もこんな風に、杏さんに会えて話ができる日がくるなんて、思いもしなかったです。パンケーキの君に嫉妬したのも、2人がいい感じになればいいなって思ったのも、嘘じゃないです」


花の香りが私達を囲む。

額に冬弥の髪が触れた。



「もう、会えなくなるの?」

「この春分がひとつの区切りでしたので。それと、もう前みたいに、死を望む気持ち、無くなっていますよね。任務完了しています」

「私、冬弥のこと忘れたくない、この気持ちも忘れたくない....」

「うわー、それ今言うかぁ。まいったな。前に言いましたよね。僕のこと好きにならないでくださいって」


わざとらしく言っておどける。
彼らしいといえば彼らしいのかもしれない。


「それは....その、だって好きになっちゃったものはどうしようもないじゃん。冬弥は、とっくに気づいてたんじゃないの?いじわる」


トスッと冬弥の胸元を拳でつく。


冬弥はやんわりとその拳を掴むと手を絡めた。


「....好きです。杏さん。きっと僕の方がずっと先に好きでした。好きにならないでくださいって言ったのは、自分の為でした。杏さんが好きになってくれたらって、夢物語を描いていて、もしも叶ったら自分で決めた覚悟が揺らいでしまいそうだったからです。情けないですよね。守護霊の分際で。笑ってやってください」


ふるふると私は頭を振った。


「ユーレイを好きになっちゃった私のほうがよっぽど可笑しいもん。でも、嬉しいよ冬弥の気持ちがやっと聞けて。嬉しいんだけど、やっぱり、嫌だよ....。冬弥のこと好きでいたい」


涙でぐしゃぐしゃの顔。
冬弥の顔をまともに見られない。

繋いだ手と反対の手で彼は私の涙を拭う。


「大丈夫です。約束します。杏さんが僕を思い出すことがなくなっても、杏さんが人生を終えるその時まで、必ず僕は側で見守り続けています。あなたの幸せだけを願って」



顔を上げると少し潤んだ瞳で私を見つめる彼がいた。


風が吹くごとに冬弥の体を掬っていき、次第に色味が薄くなっていく。
私達は繋ぎあった手に力を込めた。