名も無き君へ捧ぐ


「考えてくれてたんだ....。嬉しいよ」

「よかったです。ずっと、目に見える形で、恩返しがしたかったんです。自分の姿が杏さんに分かってもらえるうちに....」

「....えっ?」



言い淀むと冬弥は私の手を繋いだ。

さっきよりも強くしっかりと。


「桜の中、歩きませんか」




ほのかに優しく光る桜並木を、ゆっくりゆっくり歩いていく。

見飽きることなどないほど、それはあまりにも幻想的な世界だった。

これは今のこの時しか見ることが出来ないのだと、瞬時に悟った。


「ね、ベタな事言ってもいい?」

「はい、どうぞ」

「夢みたい!!」

「はははっ!確かに。そういう反応は僕としても嬉しいです」



川の水面にも桜が映り、キラキラ光っていた。
もし天の川がこの世に存在するのなら、きっとこんな風に星にも例えられない、奇跡的な自然の中の瞬間にしか見られないのかもしれない。




「昔話です。うんと昔の。....僕は、花の精霊でした」


冬弥はあまり自分から自分の話をしたがらなかったのは、深い理由があるに違いないとずっと思っていた。

だから、もう今更何を言われても驚くことはなかった。


「小さい小さい、てんとう虫よりもアリよりも遥かに小さい花でした」

「花の色は何色だったの?」

「水色です」

「へー、かわいい。アリよりもか、そんなに小さい花あるんだね」

「はい。きっと皆、ほとんど気づかない小ささです。でも、そんなちっぽけな花に、気づいた人はいたんです」

「ほー」

「ふふ、その人は杏さんなんですよ」

「ええっ?私?いつの話ー?」

「杏さんが杏さんになる、ずっと前の話ですね」

「前前前世ってやつだ」

「うーんと、正確には....ひーふーみー」


冬弥は指折り数えて見せる。


「前前前前前前世ですね」

「ながっ、もういつの時かさっぱり」