名も無き君へ捧ぐ


いよいよ土手へ辿り着くと、冬弥は私の目の前に立つなり、いつぞやの通せんぼ男のように道を塞ぐ。


「え、どうしたの?あの時の再現?ふふっ」

「そんなこともありましたねー。通せんぼにも意味があるってもんです。ちょっと目を瞑っててもらえます?僕が3、2、1って言ったら目を開けてください」

「何があるの?ここで?」


真っ暗な川の土手で何が起こるというのか、ましてやユーレイ相手と。
自分の守護霊とはいえ、信用していない訳ではないが、不安を感じずにいられない。


「まあまあ。大丈夫ですから。怖いことは決してないです。断じて。さ、目を瞑ってください」


暗がりでも分かる、妙な張り切り具合と目の輝き。

かなり怪しい。

でも疑ってばかりいても気が引ける。

素直に応じることにした。



「いいですか。それでは数えますね。....3、2、1」


この数秒の間に、鼻先に香る風に運ばれた花の匂い、瞼の裏側で感じる光に気づく。


「開けてください」



そっと目を開ける。


すると、そこには満開の桜並木が広がっていた。

土手の端っこまで、ずっと。




「........桜」


桜の木そのものに光が宿っているかのように、淡く薄ピンク色が夜の中に浮かび上がる。


「これ、どうなってるの?本物?」

「偽物なんて、杏さんに見せませんよ」