名も無き君へ捧ぐ

外に出ると、ぴゅうっと夜風が吹き付けた。
昼間の暖かさに馴染んでも肌寒さはまだ残る。



「ね、あれとかないの?夜だし、雰囲気があるような」

「ははーん、魔法ってやつですね」

「そうそう。空飛ぶ絨毯とか、なんだったらホウキとか!」

「杏さんて、そういうとこ幼い頃から変わってませんよね。魔法使い系大好きでしたもんね。空飛べる魔法の呪文唱えて、塀の上から落ちてましたからね」

「ははは、あったあったそんなこと」

「あのときはあの時で、こっちはハラハラしてましたよ」

「大難が小難、だもんね。足くじいただけで済んだからね。今考えたらバカだなって思うけど。そっか、あの時も冬弥が守ってくれてたんだね。ありがとう」

「いえ、当然のことでしたから。それより、守護霊と魔法使い全然違いますからね」

「ですよね~」

「ま、でもその代わりといっては何ですが、力だけは魔法に近いかもしれません」


冬弥はすっと、自分の手を差し出した。


「何?」

「手、重ねてみてください」


言われるがまま、彼の手のひらに自分の手を乗せた。

すると、今までなかった彼の手の感触、体温までも伝わり、ドキッとして思わず手を離していた。



「なんで....?」

「今夜だけ特別です。"人間"として、仮の姿ではありますが、一時的に体現させてみました。いくら守護霊(ぼく)がついていても、さすがに夜の道を女性1人で歩かせる訳にいきませんので」

「じゃあ、今はユーレイじゃないの?」

「一応は。他の人にも普通の人間として見えていますよ」