名も無き君へ捧ぐ


掴めない....。


温もりが無い....。


感覚は確かにあるのに。



居るのに、居ない。


今彼はどんな顔をしているのだろう。





「冬弥、私、やっぱり...。冬弥と一緒に桜が見たいな」

「僕もです」


肩に置かれた手の感覚を、ずっと覚えていたくて、感じていたくて、私は後ろを振り返ることはしなかった。










お昼。


焦げ臭い部屋。

冬弥が帰ってきたら、作ってあげようと思っていたパンケーキ。




張り切って作ったものの案の定、真っ黒焦げ。


けれど、バカにしながらも食べてくれたのだった。





午後は一緒に洗濯物を取り込んで畳んだ。



西日が差し込む部屋。



冬弥は相変わらず色んなCDを聴いて満足そう。

私はウトウトして、読んでいた漫画をベッドから落とした。


気づいた冬弥が拾いにくる。

さらっと、私の前髪を触る。

眠ったフリをしていた。



くすぐったい。
この感覚も、生きてるから、なのかな。





ずっと覚えていたい。


忘れたくなんてない。


だからもう少しだけ、このまま、眠ってるフリをさせて欲しい。





瞼越しでも伝わる、冬弥の優しい眼差し。


ほらね、思い出せる。


どんな表情してるかも。


だって、ずっと一緒に居たのだから....。