名も無き君へ捧ぐ



「今日、何かありました?心無しか元気なさそうに見えました。まだ風邪治りきってないんじゃないですか?」


食事を終え、駅まで歩く中で相模さんがそう聞いてきた。


「いえ。そんなことは、ないんですけど。体調も携帯電話もすっかり元通りです」

「なら、いいんですが。無理しないでくださいね。今日は冬みたいに寒いですから」

「本当に、季節外れの寒さですね」



朝から降っていた雨はやんでいた。
吐く息が白く残る。


最初から最後まで、気を遣わせてばかりだ。
相模さんの優しさが苦しい。


「桜も、今年は少し遅いかもしれませんね」


相模さんが脇の街路樹を見上げる。
確かこの通りは桜並木だ。


しばらくすれば、きっと華やかな桜のトンネルとなるのだろう。
今は暗闇の中ひっそり眠っているようだ。


(桜....、一緒に見れるのかな)


冬弥と交わした約束。

嘘は言わない。

ユーレイは嘘つかないって、そう言っていた。



きっと、信じたい。



「何かあれば、いつでも何でも話してください。僕でよければ相談に乗ります」

「ありがとうございます。その言葉だけでも、とっても嬉しいです」


私の言葉に少し寂しそうに微笑む相模さん。

そんな表情にチクリと胸が痛む。






全てを話せるはずがない。
今の私が返せる、精一杯の言葉だった。




途切れ途切れの会話をしながら、深く眠る桜並木の道をゆっくり歩いた。