名も無き君へ捧ぐ


相模さんに案内してもらったお店は、間接照明が店内をほのかに照らすカフェバー。

昼間はカフェで夜はバーになる顔を持つ、ぐっと大人っぽい雰囲気があるお店だ。

普段なら縁遠い場所。



「....緊張してます?」

「あ、いえ、その....。はい」


誤魔化せずに少し俯く。



「ですよね。すみません、賑やかな場所苦手かなと思って選んだのですが」

「確かに苦手なのはあります。お気遣いいただいて、逆にすみません。あの、お誘いありがとうございます」

「いえいえ。もっとゆっくりお話してみたかったんです」


穏やかに微笑む相模さん。

初めて会った時から変わらない、人当たりの良さ。


けれど、私はかしこまった雰囲気から抜け出せないでいた。

距離を縮めようとしてくれているのを感じる度、私はまるで後ずさりしているかのよう。



どんな顔をしたらいいのかも分からない。

店内のほのかな明かりで助けられているくらいだ。





ブーブー

向かい側から携帯の振動音が響く。


「仕事の連絡だ。すみません、ちょっと外出てきます」



相模さんが席を外した時、ふいに空気がひんやりするのを感じた。

もしや....、と宙を見る。


ぼんやりした輪郭から徐々にはっきりする姿。

ツインテールの女の子が現れ、目の前の席に座る。
襟元に花柄の刺繍、紺色のワンピース姿。
どこかの令嬢といった装い。



キリッとした眼差しで、こちらをじっと見つめてくる。
いつぞやの、相模さんの守護霊の女の子だ。