名も無き君へ捧ぐ


むしろそうしている方が、平常心を保てていた。


好き勝手心の声まで聞かれてしまうのだ。
聞かないふりをしてくれてるとはいえ、聞かれてることは間違いないのだから、黙っているに限る。



お風呂から上がり、缶ビールを冷蔵庫から取り出す。


冷蔵庫の奥の方にしまっていた、バレンタインのチョコが視界に入る。


(相模さんに渡せばいいじゃないですか、なんて言われたらどうしようか....)

あ、しまった、今心の中でっ




バタンッ


体が痛い、重い。

頭痛も酷い。

目を開けると視界が歪み、床の冷たさが伝わり、倒れたことに気づく。



「杏さん!大丈夫ですか!」



目の前に慌てた冬弥がぼんやり見える。


声は遠いが、よく通る澄んだ声は確かに冬弥だ。


さっきからずっとだんまりでいたせいか、聴こえた声に安堵した。


「起きれますか?」

「うん、とりあえずは」

「お酒なんて飲んでないで、早く横になってください。きっと風邪です」

「あー、そっか、風邪か。大丈夫大丈夫。寝てれば治るし」



よろよろしながら、ベッドに行く。


意識が朦朧とする中、うわ言のように呟く。


「....今日、あそこに行かなくても相模さんに会えてた?携帯って、壊れた?風邪、ひいてた?」

「質問攻め好きですよね。こんな時にでも。1つ言えるのは、杏さんが自ら運命を切り開いたから、起きた出来事です」

「へ?私何かしたっけ?....ははは、すごぉい」


褒められてるのかよく分からない。
夢の中のような気さえしてきていた。