名も無き君へ捧ぐ


甘いものが好きということで、SNSでも話題になっていたパンケーキ屋に行くことになった。

携帯の画面のパンケーキを目を輝かせながら冬弥が覗き込む。

素直な反応にも思わず笑みが零れる。

もうこれは普通にデートだ。



彼がユーレイでなければ....。



ドキドキの中、ささくれみたいな痛みが少しだけ。







電車から降り、路地裏入ってすぐのパンケーキ屋へ向かう。


歩いている途中、ウロウロと下を向いて歩いている男の人がいた。

通りかかる人にぶつかる度、頭を下げて謝っていた。



様子から落し物でもしてしまったのだろうか。



気になる。


このまま他の人のように通り過ぎていいのだろうか。



そんなことを考えているうちに、また誰かにぶつかって舌打ちされている。


「本当に困ってる、よね?新手の詐欺とかじゃないよね?」


声に出さずに、冬弥に問いかける。


「大丈夫ですよ。杏さんの正直な気持ちで」



すぅっと息を吸い込み、彼の元へ向かった。



「あの、どうかされましたか?」


聴こえなかったのか、下を向いたままだ。

もう少し大きな声を出す。


「すみません。どうかされましたか?」


はっとして顔を上げた男性は、心無しか目が潤んでいた。


「あっ....、あのですね、補聴器を落としてしまいまして....。小さくてちょっと分かりにくいんです」


「それは大変ですね!一緒に探します」


返事を待つよりも先に体が動いていた。