おれは“祓えない退魔師”



 しばらく進むと、通路が少し広くなり圧迫感が薄れた。士稀が、指先を高く掲げる。上から下まで、ゆっくりと光をかざす。天井が高い。開けた場所に出たようだ。

 「……ここ、さっきよりマシじゃね?」

 恐る恐る周りを見渡す。東間も士稀と同じように、指先ライト(霊力を使って指先に光を灯らせる)を発動した。辺りを探索している。光に照らされて、岩肌がぼんやりと浮かび上がる。その奥に、ぽつんと大きな岩があった。

 「……なんかあるで」

 東間が岩に近づき、光を照らす。俺たちもゆっくりと歩み寄って岩を観察した。岩の表面に、何枚もの封印の札が貼られている。札はボロボロで札に描かれた文字は消えかかっていた。

 (これ、やばいだろ)

 「これが封印されてるっちゅーやつか」
 「封印の札に紛れて、校長の護符もここに貼り付けられてたりして」
 「そんなわかりやすいとこにないやろ」

 念のため、一枚づつ調べていると、一枚だけ”封印”と印されていない札があった。

 「これかなぁ……?」
 「いや、ちゃうやろ~」
 「あまり近づくな」
 「ぶぅぇっっ!ーーっっぐしょんーーー!!!!!」

 俺のすさまじいくしゃみで、札がペロンと剥がれ、ひらひらと地面に落ちた。

 「「「あ……」」」
 「え……?」

 地面に落ちた札は、じわりと黒く変色し、灰になって飛ばされていく。

 (嫌な予感しかしないんだけど……)

 バチンッ!!

 どこかで、何かが弾ける音がした。次の瞬間、ゴゴゴゴ……と地面が震え始める。
 
 「な、なに……!」

 伊都が震える声を上げる。
 岩の奥ーー暗闇の中から、ずるり、と何かが、這い出してくる。士稀と東間が光を掲げるとーー

 「……え?」

 目を疑った。それは、巨大な黒い“蜘蛛”だった。人の背丈を軽く超えるほどの大きさだ。8本の脚をぎちぎちと不気味に動かし、いくつもの目が、こちらを“見る”。

 「……っ、冗談だろ……」

 全身が総毛立つ。今までに感じたことのない禍々しい邪気が、じわじわと洞窟内に広がっていく。

 (やばい、これは絶対やばいやつだ)

 蜘蛛が、ぎち、と頭を傾けた。そして、ズルン、と前に出る。

 「下がれ」

 士稀が一歩前に出て手をかざす。シュッと刀が出現した。それを手に取り、構える。

(あいつ、戦う気かよ!?)

 「東間、伊都を連れて下がれ」
 「了解や」

 東間が伊都の肩を引く。伊都は足がすくんでいるのか、その場に座り込んでしまった。

 「神代、」

 一瞬だけ、視線が合った。

 「――戻って助けを呼べ」
 「……え?」

 思わず聞き返す。

 「お前が一番足が速い。ここでの戦闘は無理だ」
 「でも――」
 「行け」

 張りつめた、有無を言わせない士稀の声。後ろで、東間も続ける。

 「祐くん、ここは任せてはよ行き」
 「……っ」
 「伊都! 何してんねん! しっかりせぇ!」

 東間が伊都の腕を引っ張って立たせようとするが、力が入らないのか立とうとしない。
 その瞬間ーー蜘蛛が、跳ねた。

 「――来るぞ!!」

 長い脚が、振り下ろされる。 東間が伊都をかばって前に出る。

 ドンッ!!

 「ぐっ……!」

 東間が吹き飛ばされ、岩に叩きつけられる。

 「東間!!」

 士稀が動く。刀をふりかぶり、蜘蛛の脚に斬撃を加える。一瞬、蜘蛛が怯んだが、動きは止まらない。

 「神代!! 早く行け!!」

 叫び声が響く。

 「行けー!」

 足が、動かない。頭では分かってる。

 (ここにいても、足手まといだって。俺じゃ、戦えないって)

 「……っ」

 悔しさを抑え込んで歯を食いしばる。

 「……わかった」

 背を向けて、全速力で走った。

 (これでいい。これが正解だ)

 後ろから、みんなが戦っている音が聞こえる。必死に抗っている叫び声。何かが激しくぶつかる音。

 (……くそ)

 速度が落ちる。

 「……っ、くそ!!」

 足が、止まる。振り返ると、遠くで誰かの悲鳴が聞こえた。

 (置いていけるわけねぇだろ!!)