おれは“祓えない退魔師”

 「はぁ~!」

 早朝の座禅修行を終え、外に出て伸びをする。4月も後半に差し掛かっているのに、山の中は空気がひんやりしていて肌寒い。

 この学校にきて二週間が経った。個性的なルームメイトに強キャラな先生たち、専門的な授業に時々現れる妖。最初はどうなることかと思ったけど、なんだかんだで慣れてきた。俺って、意外と適応能力があるんだな。

 座禅修行も毎日続けている。なんとなくだけど、霊力の流れもつかめそうだ。

 「あ、伊都?」

 体育館の裏に人影をみつけ、近づいてみると伊都だった。土の山に花を供え、その前に座り目をつむって手を合わせている。墓、だろうか。

 「……っ!? た、祐くん!!」

 目を開けた伊都と目が合った。

 「よっ」
 「居るなら声かけてよ。びっくりするでしょ」
 「これ、だれかの墓?」

 俺も同じように手を合わせる。

 「うん、この子のお墓」

 伊都の視線の先に、弱弱しい白い影が、ふわふわと浮いていた。

 「ずーっと昔、ここで飼われてたうさぎ。学校に結界が張られてるから、ここから出られなくなって、ふわふわ漂ってる」
 「祓わないのか?」

 伊都は少しの沈黙の後、口を開いた。

 「……ぼくね、霊や妖の心がみえるの」
 「心?」
 「あ、心っていうか、想い、かな。ほとんどが、現世(うつしよ)への未練で、悲しいとか寂しいとか、怖い苦しい悔しい。マイナスの感情が多い」
 「へぇ~すげぇじゃん」
 
 伊都は戸惑いながらも、照れくさそうに笑った。

 「憑かれると、そういうのがイメージとして身体に入ってくるんだ。だから、感情移入しちゃって祓えないんだよね」
 「そうだったのか」
 「なんとか未練を取り除いてあげられたらいいんだけど」

 ふわふわしていた白い影は、小さな光になって徐々に消えていった。ほんのりと甘い匂いを残して。

 「自然に幽世(かくりよ)に還るのが一番だもんね」

 伊都は影が消えた方を見て、満足げに笑う。

 「やっぱすげぇな」

 伊都は、不思議そうに大きな目をぱちぱちさせている。

 「俺はそこまで考えらんねぇよ。目の前のことに対処するのにいっぱいいっぱい」

 伊都の頭に手をのせる。

 「優しいな、伊都は」

 少しだけ伊都の瞳が揺れて、すぐに下を向いてしまった。

 「違うよ。優しくなんかない」

 ふるふると力なく首を振る。

 「小さいころの自分をみてるみたいな気持ちになるんだ。いじめられて泣いているぼく、助けたいって思ってるけど、うまくできなくて……」

 言葉に詰まり、瞳に涙がたまっていく。どこからかコンが現れてキュイキュイと鳴き、伊都の頬にすり寄っている。

 「だから、ここに来たのに……」

 ゆらゆらと瞳が揺れて、今にも涙があふれだしそうだ。そんな伊都をみて、俺はぎゅっと胸が痛くなった。

 「……できるかわかんないけどさ、伊都は伊都の方法でやっていけばいいんじゃねぇの?」

 伊都はゆっくりとめをつむり、目尻からぽろぽろと涙が落ちる。

 「俺も一緒に考えるからさ」

 伊都は静かにうなずいて、ぎゅっとコンを抱きしめた。

 「……俺はさ、母さんを守るためにここに来たんだ」
 「……っ、祐くんのお母さん?」
 「退魔師だったんだけど、俺を庇って大けがして、霊力もほとんどなくなった」
 「え、そんなことってーー」
 「本当は続けたかったんだと思う。なのに、引退しちゃってさ……それでも、妖は襲ってくるからさ」
 「……」
 「だから、俺が退魔師になって母さんを守るんだ」
 「……そっかぁ。祐くんなら大丈夫だよ」
 「だといいけどーーあ、これ内緒な? 話したの、伊都が初めてだから」
 「わかった。しーっだね」

 俺と伊都は、唇に人差し指を当ててクスクス笑い合った。