Side Story 〜葉月まい 番外編集〜

「じゃあ、まずはこの日本語の意味を考えてみて」

ラウンジでコーヒーを飲みながら、住谷がカレンに切り出す。

「『それは致しかねます』この意味分かる?」
「ええ、ノートに書いて覚えたわ。『申し訳ありませんが、それはできません』って意味よね?」
「正解。じゃあ、これは?『私には役不足です』」
「えっと、『私には荷が重すぎます』ってことでしょう?」
「逆だよ。『この俺様にそんな役目をやらせるのか』って意味になる」
「ええ!? 嘘でしょう?」
「ホント。正しく使うなら、『あなたには役不足かと存じますが』って感じかな。自分に使う時は『私では力不足ですが』って言葉を使う」

ちょっと待って、とカレンはスマートフォンを取り出してメモに打ち込んだ。

「日本人でも間違えて使ってる人多いから、君が知らなくても当然だよ」
「当然じゃ済まされないわ。他には? なにかある?」

カレンは身を乗り出して、真剣に住谷に尋ねる。

「そうだな……。じゃあこれは? 『あなたはうがった見方をされますね』」
「確か、ネガティブなイメージよね。『疑ってかかりますよね』みたいな」
「違う、褒め言葉だ。『あなたは物事の本質をよく理解している、洞察力のある人だ』って意味のね」
「嘘でしょう!? 私、にこにこしながら日本人がそう言ったら、皮肉を言ってるんだと思っちゃうわ」
「日本のビジネスシーンでも、誤用されることがあるよ。うちの秘書課の新人研修では、間違いやすい言葉や敬語を一覧にして配っている。君にもメールで送ろうか?」
「いいの? ありがとう!」

目を輝かせるカレンに、住谷はクスッと笑みをもらす。

「どういたしまして。こんなに可愛らしい人だったとは……」

小さくつけ加えた言葉は、カレンには届かなかったらしい。

「よかった、あなたに教えてもらって。一人では煮詰まっちゃうところだったわ」
「それも間違いだよ。『煮詰まる』は行き詰まった状態ではなくて、意見やアイデアが充分に出尽くして、結論が見えてきたことを言うんだ」

カレンはまたしても「嘘でしょう!?」を繰り返す。

「俺といる間は、どんどん話しかけてきて。おかしいなと思ったらすぐに指摘するから」
「うん、ありがとう! あなたが日本に帰ってからも、時々相談させてもらっていい?」
「もちろん。いつでもどうぞ」

力強い味方を得て、ホッとしたように笑顔を浮かべるカレンを、住谷は優しく見つめていた。