彗星航路



「……先輩ほどでは、ないと思います」

 絞り出した声は、珍しく震えていた。百人を優に超える人の前に立っても顔色ひとつ変わらない私は、志彗先輩の前ではまともに喋ることさえできない。

「あ、俺? 俺ね、目が結構女っぽいんだよね」

 ウインクすると、余計に睫毛の長さが際立った。ぱらぱらっと広がった睫毛は、まるで扇のようだった。

「鼻の形が違ったら女顔だった」

 それよりも、志彗先輩は、こんな距離で私の腰を抱いていることをどう思っているのか、そしていつまでこんな距離で腰を抱いているつもりなのか。

 そんな内心を見透かしたかのように、志彗先輩の唇が、少し悪戯っぽく弧を描く。その手はそのまま私の前髪をかき上げた。

「碧衣ちゃんて、すげー顔整ってんね」

 限界だった。

 ボン、と音を立てたように、自分の顔が耳まで真っ赤になった自覚があった。風邪ひとつ引かない私の身体が、数年ぶりに熱を出した。

「ごめんごめん」

 さすがにやり過ぎた、そう思ったわりには軽い調子で、でも志彗先輩は体ごと手を離し、そのまま勝手に引き出しを開ける。

「碧衣ちゃんの顔、すげーきれいだから、額出したの見てみたかったんだよね」

 湿布とハサミ、それから包帯と、手際よく必要なものを取り出しながら、志彗先輩はこっちの気も知らずに軽々しく続ける。