彗星航路


 パン、と音がした瞬間に、私の体は梨穂を置き去りにする。でも、志彗先輩が見てるかもしれない、そう思うと少し余計な力が入った。

「7秒9」

 ゴールを走り抜ける瞬間に聞こえたタイムに、緊張が現れていた。歩き始めて振り向く頃、「……11秒4」と梨穂のタイムが聞こえる。ゴール直後に立ち止まった梨穂は、そのまま膝に手をついていた。

「碧衣、はっやあ」

 梨穂は息が上がっていた。

「たった50メートルじゃん」

「電車逃すときなら諦めてるもん」

 体育委員の子にタイムを伝えながら、梨穂の記録を見た。細尾梨穂と星谷碧衣は上下に並んでいて見つけやすい。シャトルラン18回、上体起こし10回、長座体前屈40センチ……といかにも文化部の運動のできなさそうな子の記録が並ぶなか、一際目を引くのは握力7kg……。

 ぐ、ぱ、と自分の手を開いて、握る。

 握力の強い子と弱い子、どちらがいいかと聞かれて、強い子と答える男子はいないだろう。

「いいなあ、碧衣は。何してもそつがなくて」

「……そんなことないよ」

 少なくとも、女の子としては“そつ”しかない。苦笑いしながら、自分の体力測定の結果から目を逸らした。

 なんなら、その体力測定の終盤――反復横跳びが終わるブザーが鳴った瞬間。

「わっ」

 ズルッ、と足が滑った。転んでしまう直前、床には剥がれかけのテープが見えた。