夏休みが終わると、すぐに学校内の話題は文化祭一色になった。
「美術部では毎年作品展示を行っています。これまで作ってきたものを展示しますので、私たちは特別準備は行いません。展示のボードとイーゼルを使った展示ですね」
あずき先輩はあの丁寧な口調で丁寧な説明をしたあと、一言、
「ところで有朱さん、夏休みで変わりました?」
「はいっ!?」
ごく個人的な質問をわたしに向けるものだから、わたしは瞬時にカチコチに固まってしまった。
はい、変わりました。
いいえ、変わりません。
どっちも正解だ。
「いや、どういった意味で……?」
「ずばり、彼氏ができたでしょう」
あずき先輩は微笑む。きめこまやかな頬に指を一本当てて、それはもうキュートに。
「白状なさい、千住白兎と八王子縞、どっちですか」
「えっ! ……どっちでもないですけど」
「えっまさか」
「ひょ、ひょっとして足立くんですか」
千代田くんが目を丸くしている。
「あの、【騎士団】に喧嘩売ってた足立ルイス……」
「……うん」
わたしがうつむくと、あずき先輩と千代田くんがひそひそと会話を始めた。
「……千住が左で確定ですね、千八」
「致し方ありません。こればかりは」
「あの一体何の話を……」
わたしが思わず口を挟むと、
「今後に関わる重要な話です」
あずきさんは美貌をきらめかせて微笑んだ。
「おかまいなく」
※ ※ ※
「そういえば、【騎士団】ってどうなったの八王子」
テラスで勉強を続けている千住が口を開く。向かいには八王子がどっかりと腰を下ろし、長い足を組んでその勉強を見ていた。
「どうもなってないよ。今も麗華と【クイーンオブハート】の傘下にある。この前やり合ったことで校内の支持は僕たちに傾きつつある。……そこ違う、間違ってる、そこの単語はenough」
千住はむうっと唇を尖らせた。
「やだ。おまえやだ。おひいがよかった」
「諦めて。そのお姫様に頼まれてるんだから」
「やだ。おひいがよかった。おひい連れてきて」
瞬間、八王子の足が千住の足を蹴った。
「あいた」
「有朱は部活中、おまえは自主学習中、以上。……麗華は陰湿な女だからね、有朱の一番触れられたくない場所を攻撃してくるだろうから、注意した方が良いよ」
「あのさ」
千住がくるりとシャープペンを回す。
「八王子、変わったよね。おひいの呼び方とか、みんなへの態度とかいろいろ……あいた」
机の下の八王子のキックは、千住のすねに直撃した。
「いたいからやめて」
「これが素だよ」
「キミが清音に来て、『素』を隠してるのは分かってたけど」
千住はゆるりと、落ちかかってくる髪を掻き上げ、耳にかける。
「いざ目の当たりにすると、あの仮面がいかにうさんくさかったかが分かる」
「そんなにうさんくさかった? 僕」
「腹の底ではどう思ってるのやらと思ってたよ。みんなの【姫】だとか。大嘘もいいところ」
八王子はあからさまに嫌そうな顔をして、千住の前で頬杖をついた。千住はかすかに笑うと、「その顔は嫌いじゃないよ」とつけ加えた。
「なんで」
「年相応のガキっぽくて」
「五月蠅いよおまえ」
「そういうとこ、もっと出してこうよ」
「なんで」
「ゴイリョクが終わってる八王子のほうが親しみやすくておもしろいよ」
「……はー、なんなんだよ」
「さっきからゴイリョク死滅してるけど大丈夫?」
整った顔でにやにやする千住が憎たらしくて、八王子はまた千住の足を蹴ろうとした。しかし蹴られてばかりの千住ではない。
「覚え立ての言葉ばっかり使って、子供みたいだな」
「使えば使うほど自分のものになるっておひいが言ってたもん」
「あーよかったですねぇ」
「そんなに振られて悲しかった?」
「五月蠅い」
「悲しかったんだ。慰めてあげよっか?」
「いらない、間に合ってる。っていうか女顔のお前が言うとガチっぽくて引く」
「あ? 今なんつった」
「なんでもないでーす」
有朱に振られた二人の放課後はそんな風に過ぎていく。そんな風に。
「美術部では毎年作品展示を行っています。これまで作ってきたものを展示しますので、私たちは特別準備は行いません。展示のボードとイーゼルを使った展示ですね」
あずき先輩はあの丁寧な口調で丁寧な説明をしたあと、一言、
「ところで有朱さん、夏休みで変わりました?」
「はいっ!?」
ごく個人的な質問をわたしに向けるものだから、わたしは瞬時にカチコチに固まってしまった。
はい、変わりました。
いいえ、変わりません。
どっちも正解だ。
「いや、どういった意味で……?」
「ずばり、彼氏ができたでしょう」
あずき先輩は微笑む。きめこまやかな頬に指を一本当てて、それはもうキュートに。
「白状なさい、千住白兎と八王子縞、どっちですか」
「えっ! ……どっちでもないですけど」
「えっまさか」
「ひょ、ひょっとして足立くんですか」
千代田くんが目を丸くしている。
「あの、【騎士団】に喧嘩売ってた足立ルイス……」
「……うん」
わたしがうつむくと、あずき先輩と千代田くんがひそひそと会話を始めた。
「……千住が左で確定ですね、千八」
「致し方ありません。こればかりは」
「あの一体何の話を……」
わたしが思わず口を挟むと、
「今後に関わる重要な話です」
あずきさんは美貌をきらめかせて微笑んだ。
「おかまいなく」
※ ※ ※
「そういえば、【騎士団】ってどうなったの八王子」
テラスで勉強を続けている千住が口を開く。向かいには八王子がどっかりと腰を下ろし、長い足を組んでその勉強を見ていた。
「どうもなってないよ。今も麗華と【クイーンオブハート】の傘下にある。この前やり合ったことで校内の支持は僕たちに傾きつつある。……そこ違う、間違ってる、そこの単語はenough」
千住はむうっと唇を尖らせた。
「やだ。おまえやだ。おひいがよかった」
「諦めて。そのお姫様に頼まれてるんだから」
「やだ。おひいがよかった。おひい連れてきて」
瞬間、八王子の足が千住の足を蹴った。
「あいた」
「有朱は部活中、おまえは自主学習中、以上。……麗華は陰湿な女だからね、有朱の一番触れられたくない場所を攻撃してくるだろうから、注意した方が良いよ」
「あのさ」
千住がくるりとシャープペンを回す。
「八王子、変わったよね。おひいの呼び方とか、みんなへの態度とかいろいろ……あいた」
机の下の八王子のキックは、千住のすねに直撃した。
「いたいからやめて」
「これが素だよ」
「キミが清音に来て、『素』を隠してるのは分かってたけど」
千住はゆるりと、落ちかかってくる髪を掻き上げ、耳にかける。
「いざ目の当たりにすると、あの仮面がいかにうさんくさかったかが分かる」
「そんなにうさんくさかった? 僕」
「腹の底ではどう思ってるのやらと思ってたよ。みんなの【姫】だとか。大嘘もいいところ」
八王子はあからさまに嫌そうな顔をして、千住の前で頬杖をついた。千住はかすかに笑うと、「その顔は嫌いじゃないよ」とつけ加えた。
「なんで」
「年相応のガキっぽくて」
「五月蠅いよおまえ」
「そういうとこ、もっと出してこうよ」
「なんで」
「ゴイリョクが終わってる八王子のほうが親しみやすくておもしろいよ」
「……はー、なんなんだよ」
「さっきからゴイリョク死滅してるけど大丈夫?」
整った顔でにやにやする千住が憎たらしくて、八王子はまた千住の足を蹴ろうとした。しかし蹴られてばかりの千住ではない。
「覚え立ての言葉ばっかり使って、子供みたいだな」
「使えば使うほど自分のものになるっておひいが言ってたもん」
「あーよかったですねぇ」
「そんなに振られて悲しかった?」
「五月蠅い」
「悲しかったんだ。慰めてあげよっか?」
「いらない、間に合ってる。っていうか女顔のお前が言うとガチっぽくて引く」
「あ? 今なんつった」
「なんでもないでーす」
有朱に振られた二人の放課後はそんな風に過ぎていく。そんな風に。