「――ありす、あのさ」
顔中傷だらけの足立くんが、朝、わたしに提案してきたのは、
「夏祭り、一緒に行かねえ?」
一ヶ月も先の予定だった。
「気が早くない?」
「先越される前に約束だけしておこうと思って。……ダメか?」
うーん。お母さんをどう説得するか、だなあ。多分門限なんか過ぎてしまうし。門限過ぎた後が、夏祭りの本番な訳だから。
「ちょっと考えておくね。親と相談しないといけないし……」
「ああ、親御さんにはオレもご挨拶したいと思ってたんだ。一緒にお願いしてみるか」
「……え?」
一緒にお母さんを説得してくれるの?
いま家にふにゃふにゃの新生児がいるお母さんは猛り狂っている。たぶんホルモンのバランスとかで。
「でも、お母さん気難しくって……」
「大丈夫。オレにまかせておけって」
足立くんのその自信はどこから来るんだろう。
「その傷だらけの顔だと、即追い返されちゃうと思うけど」
「はは、違いない」
足立くんはにこにこ笑った。千住くんと派手に喧嘩をしてから、なんだか雰囲気が違うんだよね。
どうしたの? って聞くのも野暮な気がして、わたしはだまって二人を見つめている。
「おーっす千住。はよ」
「おはよ。おひいもおはよ」
「おはよう、千住くん」
千住くんも綺麗な顔に派手に絆創膏を貼っている。だけど透明感のある美貌に陰りも曇りも見えない。千住くんはけがをしても千住くんだ。当然だけど。
「ふあ」
千住くんが小さくあくびをする。わたしは彼の顔をのぞき込んだ。
「また四時に寝たんでしょ」
「そう。これから二度目の睡眠時間」
せっかく底上げした勉強の基礎が……と思わなくもないけれど、こればっかりは本人の問題だ。わたしは千住くんとお母さんとの間のことを、どうにかできるほど、大人じゃない。自分の家族とさえ上手くいってないのに。
それに、わたしがそうして千住くんの家の事情に頭を突っ込んでも、千住くんは喜ばないと思う。
「……そっか」
「おはよう、姫。それから二馬鹿」
八王子くんが来た。
「うっせーぞ馬鹿って言うなおはよう」
「いっしょにしないでくれる?」
それぞれの反応を返す二人と、わたしを見比べて、八王子くんはにっこり笑った。もうこわくない。こわくないと、思う。