――心折れそう。

 入学式が始まり、新入生代表の挨拶をわたしが読み上げ始めても、私語は止まらないし、小突き合ってる生徒はいるし、列は乱れて、静謐(せいひつ)な式とはいかないようだった。

 ヤンキー学園だものね……。

 諦めるべきか闘うべきかを自分に問いかけながら読むスピーチは、少し覇気がない。ここにお母さんがいなくてよかった。

 本当に良かった。

 わたしはできる限り活き活きとこれからの希望を語ろうとする。

 そのときだった。

キィン、と不協和音がとどろく。
マイクとマイクの干渉、ハウリングだ。

『――なに?』

 わたしの独り言がマイク越しに拡散されていく。わたしの問いに答えるように、誰かがマイクごしにささやいた。

『世の中の礼儀ってもんを知らねえおまえらに、礼儀をたたき込んでやる』

 先生たちが慌てだした。声の主は体育館の放送室から干渉してきているらしい。

『ここではトップこそが全て。つまり――俺たち【chess】こそが全て、って事だ。二年、Eクラス――赤坂が参る!』

 チェス? 驚いている間に舞台袖から屈強な男子生徒たちが出てきて、わたしを壇上から突き落とした。わたしは壇上から落ち、さらに足をくじいてそのままバランスを崩し、舞台上から、受け身も取れずに落下する。

「ひゃああああああ!!」
「――おっと、危ない」

 わたしの下に誰かがいる。そしてその人に思わず抱きついてしまったあとに、わたしは怒号を聞いた。

「おい! 何やってんだてめえら! おらぁ!」
 まっすぐに飛び出してくる影は階段をすっ飛ばして壇上に上がり、わたしを突き飛ばした――マイクを占拠しようとした誰かを、思い切り殴り飛ばした。

 体育館の隅々まで骨に響くような音が響き渡った。

「オレらの【姫】になにしてくれてんだァ!」
「あ、足立くん!?」
「ね、大丈夫?」

 そしてわたしは気づく。誰かに抱きついたままだったってこと。

「わひゃ! ごめんなさい、ごめんなさい! 大丈夫ですか! 重くないですか!」

「大丈夫だよ。羽が乗っかったかな? ってくらい。……けがはない? 兎さん」



 落下したわたしを助けてくれたのは、赤髪の――あの、八王子くんだった。

「あの、ありがとうございます……」

 といってる間にも、壇上で殴り合いが続いている。

 わたしは八王子くんから離れると、立ち上がってその様子を見た。
 
 足立くんは三人相手に大立ち回りを見せていた。

 避ける、避ける、殴る、蹴る――無駄がないことだけが分かる。
 逆にそれ以外は全く何も分からない。足立くんは優勢で、チェスと名乗る生徒たちは劣勢――のように見える。


「二年の【chess】と一年生が乱闘してる、誰か早く警察呼べ!」
 先生の口からはそんな言葉が出始めた。しかし次の瞬間。


「っらあ!」
 
 大柄な生徒を派手に殴り飛ばした足立くんは、壇上のマイクをもぎ取って叫んだ。

「チェスだかなんだかしらねえが! この高校のてっぺんはオレが獲る!
  オレがこの学校の! トップに成る!」
 
 ――この高校のトップに成る。そう彼が言った瞬間、さざ波のように衝撃のようなものが駆け抜けていった。

 それはここにいるヤンキーたちのどよめきだったかもしれないし、本当に足立くんの放つ「覇気」なのかもしれなかった。

 先生に取り押さえられる足立くんを見て、きびすを返した金髪の生徒がひとり。

「やってらんないね」

 わたしがその美貌に目を奪われている横で、八王子くんがささやいた。

「あらら。大変な事になっちゃったね」

「え?」


 穏やかな笑みの向こうに、どこか不穏な陰がある。八王子くんはわたしと目を遭わせず、遠くを見たまま言った。

「足立はこの学校のヤンキー全体に喧嘩を売ったんだよ、【姫】」


「ひ、姫ェ?」

 声が裏返った。あなたもか。