ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。

結局、ルシフォールはリリーシュを睨みつけるとすぐに何処かへ行ってしまった。

(今日も酷い嫌われようだわ)

そう思う彼女だが、傷付いた様子は特にない。言動と心情が一致していない人間をリリーシュは知っているし、仮にあれが殿下の本音ならばそれはそれで仕方ない。

ユリシスも見習い騎士の訓練指導へと戻っていったので、リリーシュは端に置かれていたベンチへと腰を下ろした。

「皆さん、とても楽しそうだわ」

「そうですか?私には今にも倒れてしまいそうに見えますけれど」

後ろに控えていたルルエが、気の毒そうな顔をする。確かに騎士訓練とは、生半可なものではないのだろう。外はこんなに冷えるのに、どの見習い騎士も額に玉のような汗を浮かべている。

(私も、あんな風に体を動かしてみたいわ)

暫く大人しく見学していたリリーシュだったが、次第に体がうずうずと疼き出すのを感じた。

この間雪で馬を作った時、彼女は心の底から楽しんだ。あの時はまるで子供の頃に戻ったようだなどと考えたが、よくよく考えればあんなにも熱中して雪遊びをしたのは初めてだったのだ。

ここには、母の様に自分を止める者は居ない。そこまで興味を持たれていないのだ。

(あら…あの色、エリオットに乗せてもらった馬に良く似ているわ)

向こう側に見える広大な敷地の中を、数人が只ひたすらに馬で駆けている。あれも、訓練なのだろう。雪が薄らと積もっているというのに、そんなものは関係ないと言わんばかりに力強く蹄を打ち鳴らす姿を見て、リリーシュは胸が熱くなった。

「ねぇ、ルルエ。私、あそこに行ってみたい」

「あそこですか?馬が何頭も走っていますし、万が一ぶつかるような事があっては」

「ちゃんと離れているから。お願いよ、ルルエ」

リリーシュの懇願に負けたルルエは、その場にいた指導官に声を掛け許可を取った。そして、きらきらとした瞳で走る馬を見つめる彼女を見ながら、小さく笑みを浮かべた。

まるでエリオット様と話していらっしゃる時の様な顔だと、ルルエは思う。二人はとても仲が良かったことを知っている彼女の胸は、チクリと痛んだ。

颯爽と馬で掛けていく男性達の中で、一際目を引く人物が居た。それがルシフォール殿下であると気が付いたのは、少し後。彼の騎乗姿は、群を抜いて美しかった。

「……」

一方のルシフォールは、とんでもなく居心地が悪かった。リリーシュはにこにこと楽しそうな笑みを浮かべてこちらを見てくるし、騎士見習い達は何処か浮き足立っている様に見える。

それもその筈、自分の住まう塔に女が居ることなど滅多にないのだから。

こんな事ならば気紛れに許可を出すのではなかったとルシフォールは後悔しながら、手綱を握った指をソワソワと動かした。