ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。

ーー

訓練場にて、今日も今日とてルシフォールとエリオットは剣を交えていた。ルシフォールに指導を受ける見習い騎士など滅多に居らず、ましてやエリオットは騎士を志す者ではない。内心、周囲の見習い騎士達はエリオットを羨ましく思いながら見ている。

「遅い!弾かれたらすぐに剣の位置を戻せ!」

「その持ち方では指が使いものにならなくなると、昨日教えたばかりだろう!」

「違う馬鹿正直に受けるな!今のは流せ!」

「…」

幾度となく怒号を飛ばすルシフォールを改めて目にして、そこに居た見習い騎士全員が心の中で前言撤回した。

以前より随分丸くなったとはいえ怖いものは怖い、と。

はぁはぁと、二人の男が肩で息をする。ルシフォールがその場にドサリと腰を下ろしたのを見て、エリオットもそれを真似た。

「やはり、父親に似て筋が良いな」

「殿下にそう言って頂けるとは、光栄です」

「王妃からいきなりの提案で困惑しただろう」

「本音を言ってしまえば、まぁ…ですが、こんな贅沢な機会は普通ではあり得ない事ですので」

エリオットは額の汗をぐいっと拭うと、爽やかな笑みでそう答える。ルシフォールには、その笑顔がやけに眩しく感じられた。

この数日エリオットと接してみて、この青年がいかに人格者であるかをルシフォールは身に染みて実感していた。

歳の割には落ち着いてみえるが、素直で柔軟性があり教わった事をすぐに吸収し自分のものにする。柔和だが男らしい負けん気の強さもあり、ルシフォールに倒されても倒されても向かってくる。

もう少し歳を重ねればそこに冷静さが加わり、きっと将来は父親の様に立派な男へと成長を遂げるだろう。

それに、たった数日にも関わらず見習い騎士達とも打ち解け可愛がられている様子を見て、自分とは大違いだとルシフォールは思った。

暴君と呼ばれ畏怖されている自分と、誰からも好かれるエリオット。リリーシュの将来の相手に相応しいのがどちらであるかなど、考えずとも分かる。

ーー好き、です

ーー私は貴方を、一人の男性としてお慕いしています

昨晩の、腕の中で震える小さな体を思い出す。羞恥に耐えながらも、必死に想いを伝えてくれた愛しい令嬢。ルシフォールはあの瞬間、もうこの先何があっても自分は彼女を手放せないと思った。

例え、エリオットの方が彼女に相応しいとしても。

「…少し、聞きたい事がある」

ルシフォールの堅い声に、エリオットが身構える。数日前リリーシュがここにやって来た時、自分と話している彼女を遠くから見ていたルシフォールの視線は、明らかに嫉妬をはらんでいた。

噂から察するにてっきり虐め抜かれるだろうと覚悟していたエリオットにとって、ルシフォールの態度は拍子抜けだった。しかし、きっと自分の存在を快くは思っていない筈だと、エリオットは身を堅くした。

「はい。なんなりと」

「リリーシュとは、幼馴染なんだろう」

「はい、そうです」

「率直に聞くが、お前は彼女をどう思っている?」

「僕は…」

エリオットはルシフォールの瞳を見て、驚きに目を見開いた。とてもじゃないが、恋敵を見ている様な表情ではなかったからだ。

自分に羨望に近い眼差しを向けるルシフォールに、エリオットは戸惑う。

しかし彼ははっきりと、自身の思いをぶつけた。

「僕はずっと、彼女の傍に居たいです。今までも、そしてこれからも、僕の心に住まうのは彼女だけです」

「…そうか」

ルシフォールは、自分がこの青年に勝っていると微塵も思えなかった。