狂気のお姫様

なぜか、なぜだか、いる気がして。

何も考えず、徐に足が向かう先は、多分彼がいるところで。

心臓はバクバクと音を立てているのに、表情は、心臓を落ちつかせるかのように冷静。

授業はもう始まっていて、あぁ、小田に連絡入れてないな、とか、次の授業はなんだったっけな、とか、そんなくだらないことが、脳の端っこに思い浮かんでは、すぐに消えていった。

休み時間から授業に入っても、チラホラと喧騒が聞こえる中、自ずと踏み入れたこの校舎は、打って変わって静まりかえっている。

いつもは嫌なはずなのに、来たいなんて思ったこともないはずなのに、足は止まることを知らない。



ガチャッ


重い扉を開ける。

なぜいると思ったのだろうか。

それは分からないけれど、風に靡く銀色の髪が目に入ると、一瞬心臓が飛び出るんじゃないかと思うくらい、音を立てた。


どうか、どうか違ってくれと。

何が、とは分からないが、どうか私の予想が外れてくれと。

彼が何かを知っているはずないのに。


「律」

「愁さん」

「おいで」

「…」


うっすらと口角を上げる愁さんは、私の不安をすべて分かっているかのように見える。


「あの人は」

「うん」

「成瀬 千秋は敵なんですか」

「んー、単刀直入だね」

「愁さんとはどんな関係なんですか」


あぁ、私、自分が思ったより切羽詰まっているみたいだ。


「もし俺の答えが、律の欲しい答えじゃない場合、律はどうするの」

「…どうするって……」

「んー、例えば、俺から離れる、とか?」


太陽が雲に隠れ、愁さんの顔に陰ができる。


「なんで愁さんから…?」


質問の意図が分からず、聞き返してしまう。


「冗談だよ。俺は奴らとは関係ない」

「…」

「千秋は、俺の死んだ兄の友だちだった人」

「…え」


意外な答えに、思わず声が出る。

お兄さんがいたことにも、もう亡くなってしまっていたということにも。


「本当にそれだけだよ」

愁さんの表情が読めない。


「…いまだに繋がりがあるんですか」

「あっちが一方的にだけど。兄が亡くなったことは、まぁ、よくある話だしいいんだけど」

いや、よくないよ。


「小さい頃は、まさか千秋が組関係のやつだなんて思ってなかったし」


愁さんが組関係の人でないことは、過去の言葉からも分かっていた。

けど、改めて本人の口から聞くと、なぜだか安心している自分がいる。

愁さんが千秋ちゃんの、昔からの知り合いだってことと、千秋ちゃんが私たちの敵かもしれないっていうことは、まったく別の話だけど、なぜだか心臓が落ち着いていく。


「律」

「え…」


いつの間にか目の前に来ていた銀髪に、目を奪われる。

太陽が再び雲から顔を出したかと思うと、銀髪に反射して、思わず目を瞑った。


「大丈夫だよ、あいつは」

「…っ」

私の前髪を右手でかき分け、顔を覗き込むようにて、愁さんの顔が近づく。


「律は律が思ったようにやればいいよ」

「…」

「だから…」

「え…」

急に距離をつめた銀髪に、思わず足が一歩下がった。





「他の男のこと考えるな」

耳元で聞こえた低い艶やかな声に、私の頭は真っ白になった。