狂気のお姫様

千秋ちゃんは気配に敏感な方だし、『見られている』という視線にもすぐ気づく人間である。

この距離だとさすがにそれはない、と思いたいが、念には念を、と、すぐに視線を外し、気配を消すのに全神経を集中させる。

そこから、どうやって病室に戻ったのか、正直覚えていない。いろいろな考えが脳内を錯綜し、パンク寸前である。

自分の直感って、結構信じられるほうだと思っていたんだけど。

今回ばかりは私が間違っていたのか。

だとしても、千秋ちゃんも、そして神尾大河も、自分にとっての悪い人…、自分に害をなすものだと思えないのだ。



「律、友達は大丈夫だったか」

「ジローさん…」


いつの間にか、陽ちゃんの病室に戻ってきていたらしい。

さっちゃんと京くんとの話は終わったらしく、さっきの空気感は少し和らいでいる。


「律、どうした」

「…」


こういうときの、ジローさんの察し能力はすごいと思う。

昔から、この界隈に半分身を投じているからか、感情をあまり外に出さないようにしているし、それが癖になってしまっている。

が、この人は絶対気づいてしまう。


「律、報告」

そして、すぐに長の顔になるんだ。

「さっき、神尾大河から非通知で電話でかかってきた」

「…」

「今すぐ裏口に行けと言われたから、今は時間がないと判断して行ったら、車から成瀬千秋と、体育祭で見た黒髪ツーブロックの男が出てきた」

「ふぅん…」


見たままを伝える。

緊急と言えど、自己判断で1人で動いたことは、正直褒められることではない。

本来なら怒られるところだが…、ジローさんは手をあごに添え、しばらく考えるように目を瞑った。


「律、お前はどう思った」

「…分かんない」

「そうか」


ジローさんは、ふぅ、とため息をつくと、気だるそうに椅子から立ち上がる。


「一旦帰るぞ。京は陽介についてろ」

「はい」

「佐助、お前が出ろ。俺が言ってることは分かるな」

「御意」


この人たちも本職だし、伊達に大きい組じゃない。何かは掴んでいるのだろう。


「さっちゃん…」

「律、珍しく混乱してるようだが、安心しろ。すぐいつもの日常に戻る」


ジローさんに続き、さっちゃんも壁から背中を外す。


「帰るぞー」

「うん」


陽ちゃんの寝顔を一瞥し、病室を出る。

いろいろな考えが心の中を蠢いている。

今は落ち着かなきゃいけない時なのに、安心しろ、と言われたのに、どうしても心が落ち着かない。

私は私で、私にできることをしなければ。