狂気のお姫様

「よくもまぁ、こんなに集めたもんだ」


制服についた砂埃を払う鳴さんは、「疲れたー」とため息をつく。


「どんだけ恨み買ってるんですか」

前々から思っていたが、喧嘩を売られる頻度、高くないか。


「いや、俺らなんもしてないのよ。なぁ愁」

「ヘルメットあった」

おお、良かったな。話聞け。


「多分あれだよ、俺らの噂が回って、力試しに来てるだけだよ」

鳴さんは、なんてことない様子で答える。


「あー…」

「1回殺ったら、2回目来るやつあんまりいないし」

「1回ポッキリなんですね」


確かに、一度天を相手にしたら、力の差が歴然すぎて心が折れるだろう。余程の馬鹿じゃない限り(うちの3年とか)。

天という名前を聞くだけで怯える人たちは、天の狂った強さを目の当たりにした人なのかもしれない。


「で、この死体たちは置いていくんですか?」

駐輪場は屍の山となっており、裏門から帰るためにここを通る生徒たちが、さっきから天と屍の山を交互に見て青ざめている。

ごめんて。


「置いて行くよー、そのうち帰るでしょ」

一応人が通れるくらいの道幅を残して屍を積み上げているが、地獄絵図に違いはない。




それでだ。

屍はこの際どうでもいい。自業自得だ。

私が気になっていたのは、


「2階だよ」

「…愁さんも気づいてましたか」


喧嘩中に感じた視線だ。


「え、誰かいた?」

鳴さんは気づいていない様子。

というか、鳴さんに向けた視線ではないから、特に気にする必要がなかった、というところか。

なのに、場所まで言い当てる愁さんは、やはり狂っている。


「多分私です」

「黒髪の男だったよ」

「…」


もしかして、体育祭のときに見た、あの男か…?


「まずったかもしれないです」


喧嘩の終盤にはもう気配がなくなっていたため、今から校舎に入って探すことは不可能だろう。


「まずった?」

首を傾げる金髪が視界の端に入る。


途中で、まずいなとは思ってたんだ。


「私が喧嘩できるのって、あんまり知られてないんですよ」


一般ピープルの高校生、しかも女が、普通以上に動けるなんてことはなかなかない。

しかも、学校に、わざわざ本業の関係者が組長の姪を見に来るなんてこともない。

だから知られていないはずなのだ。


「律ちゃんが喧嘩できることが知られたところで、何がまずいの?」

「私は一般人なんですよ。護身術くらいなら家で習うかもしれないですけど、こんなにガッツリ動けるってことは、組の戦闘員に思われても仕方がないんです」


あまり詳しいことは言えないが、悪い予感がして思わず焦る。

見られているな、とは思ったが、あの場でいきなり動かなくなるのもおかしいし、逆に動かないとこの屍たちに殺られていた。

本業がここまで探ってくるなんて、思わないじゃないか。


「律、とりあえず帰りな」

愁さんの落ち着いた声に、頭を上げる。


「大丈夫だよ」

乱れた髪の毛を、優しく直してくれる愁さんの手に、さっきまでザワついていた心が少しだけ静かになる。

一言なのに、それだけなのに、なんでこの人の言葉はこんなにも心を落ち着かせるのだろうか。