狂気のお姫様

レインコートを着ていたものの、さすがに足元は守れず、ローファーは靴下もろともびしょびしょに濡れてしまった。


「おー、律、陽介、おかえり。甘いもんは美味かったか」

「さっちゃん!」

「あ、佐助さんお疲れっす」


玄関でローファーを脱ぎ捨て、濡れた足をタオルで拭いていると、私の大好きなイケおじが、紫煙をぷかぷかふかしながらお出迎え。


「佐助さん、今日休みなんすか?」

「今日はもう出ねぇよ、この雨だしなぁ」


最近みんな忙しそうだから、さっちゃんと会うのも久しぶりのような気がする。


「なんか今の一瞬で癒された……」


足をきちんと吹いてから、さっちゃんにパタパタと近付く。

私が抱きつく直前に、煙草をスッと避ける仕草でさえかっこいい。


「どうしたんだこいつ」


抱きつく、というか、もはやしがみついているわたしを片手で受け止め、陽ちゃんに視線を送る。


「なんか今日いろいろあって、今からジローさんとこに行こうかと思ってたんす。律は今日一日で人間不信になりかけてるみたいっす」

「そりゃ大変だ」


人間不信というか、自分が信じられないよ。

今まで自分の直感を信じてきたのに。


「ジローも今日はもう外に出ねぇはずだ」


そう言うと、さっちゃんは私を引っ付けたまま、ジローさんのもとへ向かう。

すれ違う組員さんも、さっちゃんに引っ付き、微動だにせず運ばれる私を見て「え、あれ何…律ちゃん?」と失礼なことを言っている。

私でしかないだろ。



ガラッ

「ジロー、荷物だぞ」

しれっと失礼なこと言ったな。

「は?……お、おぉ、何くっつけてんのかと思っただろ」


ジローさんは、まだ仕事モードのようで、眼鏡をかけてパソコンと睨めっこをしている。


「あ、俺もいます」

陽ちゃんも、さっちゃんの後ろからひょこっと出てきて、部屋に入る。


「お前らちょうどいい時に来た」

眼鏡を置き、伸びをするジローさんは、さっちゃんほどではないにしろ、全国のおじさんたちを敵に回す程度には様になっている。


「1個だけ報告いいっすか」

この空気、苦手なんだよな。

渋々さっちゃんから降りて、横に座る。


「おう、どうした陽介」

「神尾が律に接触しました」

「……で?」

「成瀬が敵だと」

「……」

ジローさんは一拍考えると、私に視線をうつす。

はいはい。お前も喋れってことね。


「成瀬、じゃなくて、成瀬 千秋が敵だって言ってた」

「お前は?」

「どっちも嘘ついてないって思った」

「……」


組独特の、この重い空気が苦手だ。

一歩間違えれば地獄が待っている、緊張感が苦手だ。


「佐助、仕事だ」

さっきとは打って変わって、ジローさんの顔はトップの顔そのもの。

「はいよ」

灰皿に煙草を押し付けるさっちゃんの手を、ボーッと見つめていた。