狂気のお姫様

「律!さっきの男…」

陽ちゃんは、走って行った男を見つめる私の目の前にバイクをとめる。


「誰だ?大丈夫か?」

「大丈夫」

「知り合い……じゃないだろ?」


普通だったらナンパだのなんだのといじってくる陽ちゃんも、様子がおかしいことに気づいたらしい。


「神尾組の若頭って言ってた……」

「神尾…」

陽ちゃんは心当たりがあるのか、考える仕草を見せる。

考えられるのは、前に東堂を狙っていた荒木組のバックにいる組だろう。

そう、ジローさんたちが黒幕だと睨んでいる組だ。

だけど…


「気をつけろって」

「何に?」

「成瀬 千秋に。騙されてるって……」

「は…」

「分かんない。向こうも焦ってたし、いきなりだったし」

「……」

「でも、嘘をついてるようには見えなかった」


そう、そこが引っかかるのだ。

何も裏がないように見えたのだ。

ただ……本当にただ私を心配しているかのような。


「……とりあえず帰るぞ。ジローさんに報告する」

「うん……」


いいのだろうか。

報告はするとして、私は多分『嘘をついているようには見えなかった』とジローさんに伝えるだろう。

ジローさんは必ず私の主観も聞いてくるからだ。

アレが演技だったら…。

でも、アレが演技なのか…?

お見合いの日、『誰も信じるな』と言った千秋ちゃんの顔が浮かぶ。

千秋ちゃんも、隠していることはあるにしろ、悪意は感じなかったし、嘘をついているようにも思えない。


「今日から一緒に行動するように言われたことも含めて、ジローさんから説明があるだろ」

「うん」


陽ちゃんが買ってきてくれたレインコートを着て、後ろに乗る。

雨は激しいままで、相変わらずやむ気配がない。


「ちゃんと捕まっとけよ」


私が捕まったことを確認すると、陽ちゃんはエンジンをかける。


考えがまとまらない。


今の現状で、東堂の長の姪っ子、しかも一般人である私にコンタクトをとることが、どれほど危険なことか、私でも分かる。

ただでさえ一触即発なのだ。

拉致…など、強行手段に出る組もいるだろう。

それなのに……?



千秋ちゃんの顔がちらつく。

成瀬組に気をつけろと言ったんじゃない。

『成瀬 千秋』に気を付けろと。確かにそう言っていた。


「はぁ……」


陽ちゃんにギュッとしがみつきながら、深くため息をついた。