狂気のお姫様


「お、小田、泣くな。元気出せ」

泣くなと言われても、1回出てしまった涙は引っ込むことを知らない。

「な、だ、大丈夫だぞ」

なんであんたが狼狽えるんだよ。


「…ていうか、近いです」

「?」

「あと20cm離れてください」

「なんでだ」

「パーソナルスペースに侵入しすぎだからです」

「パーサ…なんだそれは」

「いいから離れてください」

「20cm…どれくらいだ」

長谷川さんは律儀に指で20cmをはかるが、そんな正確じゃなくていいんだけど。

だけどそんなことにツッコめるほどの余裕は全然なくて。

「うぅー…」

涙は相変わらず止まらない。

「すごい顔になってるぞ」

デリカシーの欠片もない。


20cm離れた長谷川さんがぽんぽん、と私の頭を撫でる。

離れたはずなのにこんな簡単に手が届くなんて、これだから手足長族は…。


「小田、泣くな。もう無事だぞ」

分かってる。分かってるけど怖かったものは怖かったんだからしょうがない。涙が止まってくれないのだ。

このアホな先輩に泣き顔を見られるのは非常に癪だが、正直、今はこのアホな先輩でも傍にいてくれるだけ有難い。

「長谷川さんてボキャブラリーの無さどうなってんですか」

「ボケ…?」

言ってない。

「もうなんでもいいです…」

「泣き止むか?」

「…もうちょっと泣きます」

「そうか」

長谷川さんは、珍しく優しそうに微笑む。

そんな顔、見たことないんですけど。


「しょうがない奴だな小田は」

お前には言われたかねぇよ。

と、思った瞬間だった。

「うわっ」

グイッと腕がひかれ、長谷川さんの胸筋に自分の顔がダイブした。鼻痛い。

じゃなくて。

「え」

抱き締められていると分かったのは、背中に腕を回されてからだった。


「何してるんですか」

「小田が可愛かった」

「パーソナルスペースは」

「あとで20cm離れる」

パーソナルスペースに『あとで』なんてものはないんだが。

「今離れてほしいんですけど」

「嫌だ」

「鼻水つけますよ」

「いいぞ」

なんなんだこの人は。

なんなの。もう。

「長谷川さん」

「なんだ」

「変なこと聞いてもいいですか」

「おう」

「私、髪の毛長いのと短いのどっちが似合うと思います」

「俺は小田だったらなんでも好きだぞ」

「…」


それ答えになってませんよ。

あとあんた今、さらっと好きって言ったね。

そんな野暮なこと、本人は言わないけど。



『奏見は前髪、短い方が可愛くていいと思うけど』

『髪もうちょっと明るくすんの?今の暗めのブラウンが一番好きだなぁ』

彼の言葉が頭に浮かぶ。

「長谷川さん」

「どうした」

「もう、大丈夫です」


私の中で、ひとつ、決心がついた。


【side 小田 奏見 end】