Anonymous〜この世界にいない君へ〜

目の前には美しい夜景が広がっていた。ここは、高級ホテルのスイートルームである。女は部屋の冷蔵庫に置かれたワインを取り出し、グラスに注ぐ。そしてふと思った。

(若い頃、甘酸っぱい恋をしたならこういうところに恋人と来たいと思ったのかしら)

夜景の綺麗なホテルに泊まりたい。そう女は一度も思ったことがなかった。何故なら、その欲望は彼女が恨んでいた人物たちも抱いていたものだからである。恨んでいた女たちは、教室でスピーカー越しに話しているかのような大声で己の欲望を話していた。

「夜景の綺麗なホテルに彼氏と泊まりたい」

「彼氏からのプレゼントはGUCCIかCHANELがいい」

「婚約指輪は絶対にハリーウィンストンかティファニーだよね」

「新婚旅行はヨーロッパ一周したい」

「結婚式はお色直しは最低でも三回はしたい」

夢の詰まった話ばかりのあの女たちはしていた。女は現実を見続けた。誰にも頼らない人生を生きよう、こいつらより上の立場になってやろう、その一心で努力し続けた。そして今がある。