Anonymous〜この世界にいない君へ〜

「これまではあたしが翡翠として人生を歩いてきた。だけど、これからはこの子自身に経験してほしいんだ。誰かと食べる食事がおいしいということ。たくさんこの世界には綺麗なものや楽しいことがあるということ。そして……誰かに想われることはこんなにも幸せだということ」

アノニマスは胸元に手を当て、目を閉じる。紫月は目の前の彼女を抱き締めたくなった。胸が苦しくて泣いてしまいそうになる。しかし、それは許されないことだ。

「……アノニマス」

ただ、名前を呼ぶことしかできない。アノニマスは目を開けた。そしてニコリと笑う。

「太宰、今までありがとう。さよならの時間だ」

「……礼を言わなければいけないのは俺の方だ。何度も助けられた。本当に感謝している。ありがとう、アノニマス。さようなら」

紫月が別れの言葉を告げると、アノニマスはクルリと背を向ける。そして振り返ることなく立ち去る。小柄な彼女の後ろ姿は、あっという間に人で見えなくなってしまった。

「終わってしまったのか……」