Anonymous〜この世界にいない君へ〜

「今から夏が楽しみですね!」

ロリータ専門店らしくロリータを着た店員とアノニマスは少し話した後、お店を出た。外へ出た瞬間にアノニマスの顔から翡翠の優しい笑みは崩れ去る。翡翠を演じることは、アノニマスにとって第二のメイクだ。

(翡翠はこれを着たらどんな風に喜ぶかな……)

自身の左手にある服の入ったお店の袋を見つめ、アノニマスは思った。翡翠はずっと心の奥底で眠っている。アノニマスが演じる翡翠は、彼女が想像した翡翠だ。翡翠ならどんな反応をするか、翡翠ならどう喜ぶか、ただそれだけを考えてきた。

(可愛い服が好きだから、きっとこのワンピースも喜ぶな。家のクローゼットを見たら驚くぞ)

家へとアノニマスは向かう。まだ執筆途中だ。締め切りまで時間はまだあるものの、早めに仕上げてゆっくりしたい。その時だった。

「ッ!」

アノニマスの手が見開かれる。体が地面に縫い付けられたかのように動かなくなった。全身に冷や汗が吹き出し、呼吸が荒くなる。誰かに睨み付けられていた。