○学校の通学路、夕方

学校帰り、並んで歩く陽菜と伊月。

陽菜(まさか、伊月くんと一緒に帰ることになるなんて……)

〈第4話の終盤の回想〉
体育館で、陽菜目がけて飛んできたボールから伊月が陽菜を助けるシーン。

陽菜M【さっき体育館で、あんなことがあったあとで心配だから、今日は一緒に帰ろうって伊月くんに言われてしまった。】

 ※『俺の部活が終わるまで待ってて』と、体育館で伊月が陽菜に話すデフォルメ絵。

陽菜M【伊月くんが助けてくれたお陰で、何事もなかったのに心配だなんて……もしかして、伊月くんって意外と過保護?】

高校生になってから伊月とこうして一緒に帰るのは初めてのため、やけにドキドキする陽菜。

陽菜の母「あら、あなたたち。今帰り?」
家の近くの交差点で信号待ちをしていると、買い物帰りの母・翔子とバッタリ会った。

陽菜の母「ふふ。二人で一緒に帰ってくるなんて。心配してたけど、兄妹仲良くできてるようで安心だわ」
嬉しそうに笑う母に、陽菜も微笑む。

陽菜(そうだ。伊月くんがこうして気にかけてくれるのは、私が妹だから。勘違いしちゃダメだ。)※首をぶんぶん横に振る

陽菜の母「そうそう。これ、見てよ〜」
母が嬉々として見せてきたのは、高級温泉旅館の宿泊券。
陽菜の母「さっき、商店街の福引で当たったのよ。これペア券だから伊月くん、良かったらお父さんと一緒に行く?」
伊月「いや、せっかくだけど俺は部活があるし。バスケの大会も近いから……あっ、そうだ」
伊月の頭の上に、電球が光る絵。

伊月「その旅行、父さんと母さんで行ってきたら? 籍を入れても、挙式は無しで新婚旅行も行かないって言ってただろ?」
陽菜「それ、いいね。お母さん、お父さんと行ってきなよ」
陽菜の母「それじゃあ、そうさせてもらおうかしら」
陽菜(……あれ。でも、待って。お父さんとお母さんが旅行に行くってことは……その間は伊月くんと家にふたりきり!?)


○翌週の週末。佐野家のリビング(夕方)

テーブルを挟んで向かい合って座る、陽菜と伊月。
この日から1泊2日で両親は温泉旅行に出かけており、家には陽菜と伊月の二人きり。
二人は今、学校の数学の宿題に取り組んでいる。

陽菜「うーん……」
伊月「陽菜、どこが分からないの?」
陽菜の手が止まっていることに気づいた伊月。
陽菜「えっと、この問題が分からないんだけど」
伊月「ああ、これはこの公式を使って……」

テーブルから身を乗り出した伊月が、陽菜の分からない問題を教えてくれる。
伊月は教え方が上手く、あれだけ苦戦していた問題がすぐに解けて感動する陽菜。

陽菜「伊月くんは、勉強も運動も何でもできるね。ほんとすごいよ」
伊月「いや……」※頬をわずかに赤らめる
陽菜「ねぇ。伊月くんは苦手なこととかないの?」
伊月「苦手なこと……料理かな。あと……」

口ごもる伊月に、陽菜は首を傾げる。

伊月「……なんでもない。宿題の続きやろうか」
陽菜(伊月くん、何を言おうとしてたんだろう?)
疑問に思いつつも、残りの宿題に取りかかった。


○数十分後。リビング

陽菜「伊月くん、今日の夕飯は何が良い?」
宿題を終え、伊月に尋ねる。
伊月「えっ。もしかして、夕飯は陽菜が作ってくれるのか?」
陽菜「うん。お母さんみたいに上手くはできないけど、さっき数学を教えてくれたお礼に伊月くんの好きなもの作るよ?」
伊月「好きなもの……」

陽菜(……って。思いきって言ってみたけど、今まで伊月くんに手料理を振る舞ったことはないから。もし拒否されたらどうしよう。)
俯き、ドキドキしながら伊月の返事を待つ陽菜。
伊月「だったら、餃子が食べたい」
陽菜「!」
(※顔を上げ、表情がパッと明るくなる。)
陽菜「餃子ね。うん、分かった!」

冷蔵庫に餃子の皮がないため、二人で家の近所のスーパーに買い物に行くことに。


○近所のスーパー

陽菜は買い物カゴを手に、伊月と店内を歩く。

陽菜「うーんと。餃子にするなら、夕飯は中華で揃えようかな。久しぶりに、チンジャオロースが食べたいなぁ」
陽菜の呟きに、伊月の眉がピクリと動く。

陽菜が、野菜コーナーでタケノコとピーマンを買い物カゴに入れると。
陽菜が入れたピーマンの袋を伊月が手にとり、そっと棚に戻した。
そのことに陽菜は気づかず、そのまま買い物を続ける。


○20分後。スーパーの店内

陽菜「よし。買うものはこれで全部かな……あれ?」
レジに向かおうとした陽菜が、ふとピーマンがないことに気づいた。
陽菜(ピーマン、最初に入れたはずなのに。おかしいな……入れ忘れたのかな?)

ピーマンがないことに気づいた陽菜は、再び野菜コーナーに戻って買い物カゴにピーマンを入れるも、それを伊月が無言で棚にさっと戻す。

陽菜「……」
その様子を、今度はしっかりと見ていた陽菜。※ポカンと、呆気にとられた様子で。

陽菜「ねぇ、もしかして伊月くん……ピーマンが苦手なの?」(※遠慮がちに)
陽菜に指摘された伊月の肩が、ピクリと跳ねる。
そして伊月は頬を赤らめながら、素直にコクリと頷く。

伊月「子どもの頃から、ピーマンだけはどうも苦手で。さっきから大人げないことをして悪い」
陽菜「なんだ、そうだったんだ。それなら、先に言ってくれれば良かったのに」
陽菜(完璧だと思っていた伊月くんにも、好き嫌いとかあるんだ。)

伊月「……小学生とかならまだしも、高校生にもなって好き嫌いとかかっこ悪いかなと思って」
陽菜「かっこ悪いだなんて思わないよ。私だって、未だに椎茸は苦手だもん。それに、私は伊月くんのことがまたひとつ知れて嬉しい」
伊月「陽菜……ありがとう」
伊月は棚に戻したピーマンの袋を自ら手に取り、陽菜の持つカゴに入れた。

伊月「……チンジャオロース、陽菜が作ってくれるのなら食べてみようかな」
陽菜「ほんと? それじゃあ、頑張って作るね!」

それからお会計を済ませ、伊月が買い物袋を持って帰宅。


〇自宅・キッチン(※オシャレなインテリアが並ぶ、カウンターキッチン)

手を洗うと陽菜は花柄のエプロンをつけ、さっそく夕飯の支度に取りかかる。

陽菜(えっと、まずは餃子のタネ作りから。キャベツとニラを、みじん切りにして……)
キッチンで陽菜が、せっせと餃子のタネを作っていると。

伊月「なあ、陽菜。俺も手伝うよ」
料理が苦手だと言っていた伊月が声をかけてきて、目を丸くする陽菜。
陽菜「えっ。伊月くん、手伝ってくれるの?」
伊月「ああ。元々は、俺が餃子食べたいって言ったし」
伊月が、陽菜の隣に立つ。

伊月「それに、料理が苦手だからって逃げてばかりなのも良くないだろう? 一緒に暮らしてるんだから、陽菜に任せっぱなしなのも悪いし」
陽菜「伊月くん……」
伊月「だから、俺にもやらせて? 何をすれば良い?」
陽菜「えっと、餃子のタネができたから。これから餃子を包むところなんだけど……」
伊月「うん。どうすんの?」
陽菜「一度私がやってみるから、見ててね? 餃子のタネを皮の真ん中に置いて……」

陽菜が伊月に、餃子の包み方をレクチャー。
そして伊月も餃子の皮を手にし、陽菜のを見よう見まねで包んでいく。

伊月「こんな感じ?」
包んだ餃子を手のひらにのせ、陽菜に見せる。
陽菜「伊月くん、上手だね」
陽菜に褒められた伊月の顔が、一瞬でほころぶ。
伊月「今までは避けてたけど、料理もやってみると案外楽しいもんだな」
伊月がニコニコしながら、餃子を次から次へと作っていく。
陽菜(まさか、伊月くんとこんなふうにキッチンに並んで立って。一緒に餃子を作る日が来るなんて……少し前までは思ってもみなかったな。)

それから包み終わった餃子を、陽菜がフライパンで焼いていく。
ジュワーッと餃子の焼ける音といい匂いがしてきて、食欲がそそられる伊月。

伊月「美味そう。早く食いてーな」
陽菜の隣でフライパンを覗き込む伊月の目が、キラキラと輝く。
陽菜(伊月くん、餃子楽しみにしてくれてるのかな? そうだったら嬉しいな。)

陽菜「……あつっ!」
陽菜が目を細めながら伊月の横顔を眺めていると、突如フライパンの油が指に跳ねた。

伊月「どうした?」
陽菜「あっ、油が指に跳ねて……」
伊月「ちょっと見せて」
伊月がフライパンの火を止め、陽菜の右手を掴んだ。
伊月「指、早く冷やさないと」
陽菜は伊月に右手を掴まれたまま、シンクの前へと連れて行かれた。
陽菜は伊月に背後から抱き込まれるような体勢で手を支えられながら、流水で指が冷やされる。

陽菜「あ、あの……伊月くん。水で指を冷やすくらい、自分でできるよ?」
流水で冷やして5分以上が経っても、伊月は陽菜から手を離す気配がない。

伊月「いいから、こうさせて。心配だから」
陽菜「……っ」
陽菜(心配してくれるのは嬉しいけど。これはさすがに、距離が近すぎるよ……!)

陽菜の背中と伊月の逞しい胸板がぴったりと密着し、陽菜の胸の鼓動は速まるばかり。

陽菜(火傷した指は、だんだんと冷たくなっていってるのに)
(伊月くんに掴まれている手と私の頬は、逆にどんどん熱くなってる気がする……)

伊月「もしも陽菜が、俺が後ろからこうしてるのが嫌なら……今すぐ俺の手を振り解いてくれていいから」
陽菜「……っ」
伊月の吐息が耳元にかかり、陽菜の肩が震える。
陽菜(伊月くんの手を振り解くだなんて、そんなことできないよ。だって、緊張はするけど……嫌じゃないから。)
陽菜は、ふるふると首を横に振る。

伊月「そう。なら、あともう少しだけ」
陽菜(ねぇ、伊月くん。私たち、別れたはずなのに……どうしてこんなに優しくしてくれるの?)
陽菜(火傷をして心配してくれるのは……やっぱり、私が伊月くんの妹だから?)


〇リビング

それからしばらく流水で指を冷やしたあと、二人はリビングに移動。伊月が救急箱を持ってきた。

伊月「陽菜、指出して」 ※絆創膏を手に持って。
陽菜「えっ、でも……自分で巻けるよ?」
伊月「いいから」

陽菜がおとなしく火傷した指を差し出すと、伊月が丁寧に薬を塗って絆創膏を巻いてくれる。
伊月の真剣な表情に、陽菜は胸がキュンとなった。

陽菜(やばい。伊月くんに触れられてると、ドキドキする。)
陽菜の視線は、絆創膏を巻いてくれる伊月の手元にばかり集中してしまう。

伊月「はい、できたよ」
陽菜「あっ、ありがとう」

──ピンポーン。

ちょうど火傷の手当が終わった頃、家のインターフォンが鳴った。

陽菜「わ、私が出るよ!」
これ以上伊月と至近距離でいることに耐えられなくなった陽菜が慌てて立ち上がり、走って玄関へ向かう。


〇玄関

──ガチャッ。(扉を開ける音)

陽菜「はーい、どちらさま……えっ」

玄関の扉を開けた先に立っていた人を見た瞬間、陽菜は固まってしまう。

亜嵐「えっ、陽菜ちゃん!?」
陽菜「あっ、亜嵐くん……」

家を訪ねてきたのは、クラスメイトの長谷川亜嵐だった。

亜嵐「なんで陽菜ちゃんが、佐野の家にいるの?」
陽菜(どっ、どうしよう。亜嵐くんに見られてしまった……)