秋になり、明鈴は学校の文化祭の準備で帰りが遅くなるようになった。体育祭の時はほとんど用事はなかったけれど、文化祭はクラスで劇をすることになったので、小道具作りで毎日居残りだった。
 金曜日だけは早く帰りたい、と明鈴は希望して他のクラスメイトよりは早く帰れたけれど、それでも勉強の時間はいくらか短くなった。幸い、明鈴は劇には出ないので、小道具作りを手伝っているだけだ。
 普段はひとりで帰るか、知奈と出会って途中まで一緒に帰るかだったけれど、文化祭の準備期間はクラスメイトと帰ることが増えた。自転車通学の生徒は先に走っていくけれど、徒歩通学のほとんどは明鈴と同じ経路だ。
 女子生徒だけなら特に問題ないけれど。
 女子グループの少し後ろに、もれなく顕彰がついてきていた。他にも男子はいるけれど、顕彰の視線の先はいつも明鈴だった。
「小松ってさー、川井さんのこと好きなんだよな?」
 後ろから聞こえた声に、明鈴は思わず振り返った。男子たちは明鈴の話をしていたようで、しかし、突然の友人の発言に顕彰も怒り、照れていた。
 今ここで言うしかないと、男子たちは煽っているけれど。
 顕彰も言うか言うまいか、挙動不審になっているけれど。
 明鈴は今も彼のことを何とも思っていなかったし、そんな相手と付き合うつもりもなかった。前を向いてそのまま走り出し、女子たちももちろん明鈴についてきた。告白されて嬉しくないとは言わないけれど、今はそれは当てはまらなかった。

 それから明鈴はなるべく一人では帰らないようになり、顕彰や彼の友人とはあまり話をしなくなった。しかし、顕彰の気持ちは変わらないようで、明鈴の近くに彼はいつもいた。そして『明鈴は家庭教師と仲が良い』ことも顕彰が話したようで、いつの間にかそれは『明鈴の彼氏は大人』という違う噂に変わった。
「それ、うちのクラスにも言ってる人いたよ。否定しといたけど」
 久しぶりに知奈と出会った帰り道、明鈴は坂本家に寄った。知奈の部屋で明鈴が溜息をついているとき、ちょうど母親・翔子がジュースとおやつを持ってきてくれた。明鈴が困っているという話を聞いて、一緒に考えてくれた。
「私の経験から言うと──、そういうのははっきり断っとくほうが良いよ。話す機会があったらね。ないなら無視で良いと思うよ」
 翔子も中学生だった頃、学校で同じような経験があったらしい。しばらく周りが何とかしようとしていたけれど、相手にせずにいるうちに誰も騒がなくなった。
「明鈴ちゃんは好きな人いるの?」
「いないです」
「カッコいいなと思う人は?」
「それは、いるけど……でも、それだけです。別に付き合いたいとは思わないし、見てるだけで十分です」
「ふふ、そんなもんよね、中学生の恋って」
 翔子が笑うと、明鈴は「恋って、そこまでじゃないです」と慌てて否定する。
「私もね、中学の頃はカッコいいなと思う人が何人かいた。でも、その人たちとは何もないまま卒業して、高校生になったらどうでも良くなった。最後に選んだのは、仕事で出会った人。一番お世話になった人だったよ」
 知奈の父親・大輝は、ずっと明鈴の母親・雪乃のことが好きだったけれど。雪乃が大輝を相手にしないうちに、晴也が現れて、大輝は雪乃を諦めるようになった。
「明鈴ちゃん、このこと家の人は知ってる?」
「ううん。誰にも話してないです。あ──でも、昇悟君はちょっと知ってるかも」
 昇悟という名前に聞き覚えがあったのか、翔子は少しだけ顔色を変えた。本当に少しで記憶もあいまいだったので、明鈴と知奈は全く気付かなかった。
「しょうご君って?」
「明鈴ちゃんの家庭教師してる人。二十歳で、カッコいいんだって!」
「こないだ小松君が私に告白しようとしてる所に、昇悟君が来たんです。おかげで助かったんですけど」
「おお? それは詳しく聞きたいな!」
「えっ、ち、違いますよ、ただの家庭教師でっ!」
 明鈴が否定するのもほとんど聞かず、翔子は今度はわかりやすく表情を変えて明鈴と昇悟の関係を聞きたがっていた。それは知奈も同じだったので明鈴は逃げられず、渋々と話しながら、兄だと思うようにしている、というところは強調した。