《12:50 Sランク寮》一也side
「お前、食べないのか」
昼休憩の時間、座るだけ座って時を過ごしていると、ふと泰久がそう声をかけてきた。
昼食をという意味だろう。
「部屋で食べました」
「哀花がいるとここで食べるのにか」
「哀花さんがここで食べろとうるさいので」
「じゃあいつもここで食べればいいだろ」
「何ですか、そんなに僕と食べたいんですか」
「慣れが大事だと哀花が言っていた」
まったくあの人は……泰久にまで何か吹き込んだな?
僕は人前で食事をするのが嫌いだ。
食事は最も動物らしくて汚い行為だと思っているから、自分のその姿を相手に見せるのが嫌なのだ。
しかし最近、というかこっちに戻ってきてからの哀花さんは、それを僕に強制する。
どこで食べようが別にいいだろうがと思う反面、哀花さんに気にしてもらえていることが嬉しいと感じる自分がいることに呆れながらも、とりあえず飲み物だけ飲むことにした。
「飲み物だけか」
「しつこいですね蹴りますよ。さっき食べたって言ったじゃないですか」
泰久は不満そうにこちらを見てくる。
このままでは無理矢理にでも食べさせてきそうなので話題を変えることにした。
「ところで。哀花さんとロイ・エディントンの接触についてどう考えます?」
大神薫が哀花さんに関して疑念を抱いたきっかけの1つとなった、ロイ・エディントンと哀花さんの交流関係。
僕は確かに1度、哀花さんとロイ・エディントンが結界の張られたあの家で話しているのを見たことがある。
僕たちが大英帝国の軍人としてのロイ・エディントンと対峙したのはその随分後で、あの時はあれが大英帝国の要人だなんて分からなかった。
しかし考えてみればおかしな話だ。
あの男には優香様の結界の中でも超能力を使えていた。並大抵の能力者にできることではない。
「あの男は優香と交際していた。1度や2度顔を合わせたことくらいあるだろう。……それよりも気になるのは、何故あの場にロイ・エディントンがいたかだ」
「と言いますと?」
「“上の命令で来ている”と言って俺たちの足止めを試みていた。目的が分からない。一体何を止めに来たのか分からないんだ。何らかの理由があって俺たちが大中華帝国の国土に侵入することを止めようとしたのか、あるいはお前の動きを知ったうえで――俺たちが哀花とお前の所へ行くのを妨げようとしたのか」
……哀花さんが野に放たれるのを止めようとした?
「後者であれば、哀花さんが大英帝国に目を付けられていることになりますよ」
「その可能性も否定できない。あいつはSランクのNo.1であるし、その情報が漏れているとすれば……いや、ロイ・エディントンがその事実を知っているなら、目を付けられている可能性はそれなりにある」
そこで少しの沈黙が流れる。
お互い考えていることは同じだろう。
「哀花さんを戦争に参加させるのは不安なんですが」
「安心しろ、俺も不安だ」
「というか嫌なんですが」
「安心しろ、俺も嫌だ」
「……」
「……」
「……」
「……開戦時には無理矢理にでも止めるか」
「そんなことをしたら嫌われますよ」
「嫌われてもいい」
存外即答した泰久は、
「あいつは優香からの預かり物だ。嫌われようがどうなろうが、守れなければ意味がない」
やはり優香様が大切らしかった。
「――僕と哀花さんがホテルへ行くのを止めるのも、優香様のためですか」
「は?」
「あぁ、いえ、失礼。意地悪な質問でしたね」
さらりと言ってやった嫌みに対し、泰久は表情を変えない。
つまらない男だと思っていた矢先、泰久が口を開く。
「それは俺のためだ」
一瞬コップを置く手が止まってしまったが、泰久は涼しげな顔でさっさと食事を済ませ、寮を出ていってしまった。
……何なんだよ、さっきの意味深発言は。
分かりやすいようでいて分かりにくい泰久のことが、やっぱり僕は嫌いだ。
《18:00 Aランク寮前》遊side
訓練が終わり端末を開くと、麻里から〈話したいことがある。Aランク寮前にて待つ〉と果たし状のようなメッセージが来ていた。
あいつは他の男相手の時は絵文字顔文字ハートマーク多用なメッセージを送るわりに、俺相手の時にそんな飾り気あるメッセージを送ってきたことはない。
相手によって態度変えんのほんま怖いわ、どうにかしてくれへんかな。
まぁ麻里からハートマーク多用な不気味なメッセージ来たら読まずに消すけどな。
端末をポケットにしまって前を向くと、麻里がAランク寮の前のベンチに座っているのが見えた。
一体何の用だと近付けば、物凄く不服そうに目を逸らされる。
「………………謝りたいことがあって来たわぁ」
いや、何やねんその態度。
謝ろうとしとるわりには顔こっち向いてませんけど。
どんだけ俺に謝んのが嫌やねん。
「今日の、昼休憩の時のことなんだけどぉ…………」
「まぁまずこっち見ろや。謝罪は人の目ぇ見てするもんやて、今時小学生でも知ってんで?」
麻里は一瞬ちらりと俺の方を見たが、やはり屈辱なのかすぐ視線を逸らす。
「いや、別に盗み聞きしようと思って行ったわけじゃないのよぉ?千端さんがわたしの能力を利用してあなた達に悪戯したいって言い出して、面白そうだったからその話に乗って、この寮にこっそり侵入したの。それで……」
「あぁ。やっぱあの時入ってきとったんや」
「…………は?」
俺の言葉に、麻里はポカンとして顔を上げた。
「……まさかあなた……気付いてたわけぇ?わたしたちがいるって」
「お前、自分の透明化能力に“有効範囲が狭い”以外に弱点あるん知らんやろ」
「弱点……?」
「匂いを消せらん。お前の香水の匂いくらいすぐ分かるわ」
信じられないという顔で俺を凝視してくる麻里。
いや、何でそんな目で見られなあかんねん。
俺はチャンスを利用しただけやぞ。
「分かっててあんなこと言ってたのぉ?」
「まぁ、お前が1人で来るってことはないやろうし、鍵開けて入ってこれたってことはあいつがいるに違いないやろ?大方ドッキリ番組に憧れて悪戯しに来たってとこちゃうかなと思て」
直接告白すれば東宮への恋心を理由に断られることは目に見えている。
でもこの形なら、俺の気持ちを“聞いてしまった”身のチビは俺にはっきり返事することができない。
悪戯を仕掛けようとしてこっそり侵入し聞いてしまったのなら尚更だ。
チビの立場では、俺の気持ちを知っていることすら隠さなければならない。
昼休憩の時間、楓と2人の時に俺が何気無く発した言葉を知っているとなれば、自分がくだらない悪戯をしようとしていたことまでバレてしまうのだから。
「これから楽しみやなぁ」
俺の気持ち知った哀ちゃんは、今後俺の前でどんな態度取ってくれるんやろ。
「……はぁ。反省して損したわぁ」
大きく溜め息を吐いた麻里は、ガシガシ頭を掻きながら立ち上がる。
「お前変なとこで律儀よなぁ。わざわざ直接謝りに来るんやもん」
「べっつにぃ?これが原因で千端さんとあなたがギクシャクしたら悪いなと思っただけ。余計な心配だったみたいだけど。……ていうか珍しく私服に着替えてるけど、こんな時間からどっか行くわけぇ?」
「外食や外食。お前も来るか?」
「わたしは今夜他の男とディナーだから無理よぉ」
「またか。東宮に誤解されんで」
「とっくにフラれてるしぃ、今他のイイ男探してるところ。なかなか見つかんないでしょうけどね。あなたも精々がんばんなさぁい。もしうまくいかなかったらその時は、高い酒でも奢ってあげるわぁ」
麻里はこちらを見ずにひらひら手を振りながら去っていった。
……さて。俺も腹減っとるし、さっさとたなべれすとらん行くか。



