深を知る雨




 《1:35 高層ビル前》楓side



遊と哀が治療センターへ入っていったのを見届けた後、薫が「そろそろ聞いていいか?」と切り出した。


「哀は何者だ」


たった一言の質問だったが、その声音の真剣さのために、その場にいる全員が薫に注目した。


「何故そんなことを聞く?」
「1から説明しろってか?」


質問を質問で返す東宮泰久に対し、薫はつらつらと哀に関する怪しい点を挙げ始める。


「まず第一に時期外れの入隊。あいつの入隊日を調べたが、高レベルエスパーならまだしも不足しているわけでもねぇEランク隊員があんな時期に入隊するのは不自然だ。

第二にあいつは教えてもない俺の連絡先を知っていた。俺の連絡先を知る誰かに聞いたってわけでもねぇ。遊や楓が教えてねぇことは確認済みだ。

第三に遊はあいつの心が読めない。単なる相性の悪さかもしんねぇけど、Aランクレベルのあいつが集中しても全く読めねぇってのはおかしい。

第四にあいつと遊は暴走した里緒を回収したうえ殺害許可を取り下げさせた。ただのEランク隊員と読心能力者が組んでできることじゃない。

第五に、神戸能力者育成所の秘密を全国に広めたあのサイバー攻撃では、あいつの撮った写真がホームページに載ってた。あいつが凄腕クラッカーに写真を提供したか、あいつ自身がホームページを乗っ取ったかだ。

第六に、大英帝国軍の重要人であるロイ・エディントンがあいつを知ってるみてぇだった。どこで通じたのかは知らねぇが、一般人が普通にしてて関わるような相手じゃねぇのは確かだ」


東宮泰久と一ノ宮一也は厳しい顔をしているが、瀬戸川さんは興味がないのか端末をいじっている。


「ついでに言っておくと、あいつの正体は俺らから消された記憶に関係するとも思ってる」


消された記憶……?

哀がただ者じゃないことはあたしも薄々勘づいて見て見ぬふりしてたけど、それがどうして記憶の話に繋がるのか分からない。


「死んだSランク能力者がいただろ。名前は橘優香。俺は前線で顔を合わせたことがあるし、当時橘優香は軍内部の有名人だった。なのに俺は遊や里緒がその名前を出すまでそいつの顔も名前も忘れてた。顔を思い出してから初めて思ったんだ、橘優香と哀の顔は似てるってな。これは確信の持てねぇ話だが、哀と旧SランクNo.1は血縁者なんじゃねぇか?哀も電脳能力者だと考えるとサイバー攻撃の件だって説明がつく。それも、かなり高レベルな電脳能力者だと考えるとな」


 ――――「お前が前あのチビ見て言うとった“優香”って誰や?」


……あの時。遊が里緒にあんな質問をしていた時だ。

あの会話を聞いて、そんなこと考えてたのか。


「遊も橘優香を知らないってわけじゃねぇ、忘れてるんだ。本人は自分が前線に出てねぇからだと思ってんだろうが、顔合わせたことなくたって当時軍に所属してたなら名前聞いてピンと来るはずだ。楓も知らねぇみてぇだったが、単に思い出せてねぇんだろ。記憶消去能力っつっても記憶を眠らせる能力に近いんだろうな。どれだけ簡単に眠った記憶を呼び覚ませるかには個人差がある。今回俺が思い出せたのはたまたまだ」


東宮泰久と一ノ宮一也が顔を見合わせた。

その表情には困惑の色が見える。


「記憶消去……初耳だな」
「死ぬ前に軍人全員の自分に関する記憶を消したのでしょうか」
「相模が軍上層部から優香の情報を読んでいたから、軍上層部は覚えているはずだ。軍上層部や俺たち以外の記憶だけ消して死んだということか?一体何が目的で……」
「あるいは、哀さんがこの部隊に入るにあたって顔で気付かれないよう彼らの記憶を消したかですね」
「あいつは記憶消去能力なんて持っていないだろう」
「ですが血縁者の超能力の種類は似ます。僕らの知らないところで目覚めていてもおかしくはない」
「なら何故上層部の記憶を消さない?」
「記憶消去能力は負担のかかる能力です。滅多に顔を合わせる機会のない上層部より身近な超能力部隊隊員が優先でしょう。短期間で複数人の記憶を消す際は対象が多ければ多いほど個々への効果が落ちると以前優香様が仰っていました」


もう隠す気がないのか堂々とそんな会話をしているSランクの2人。

え、じゃあほんとにそうなの?

あいつ、例の戦死したSランク能力者と血縁関係があるの?



あたし達に言わない時点で哀が隠そうとしているのは明らかだ。

そんな事柄を、哀の幼馴染みであるこの2人は隠す素振りも見せない。


「……哀は知られたくないんじゃないの、その話」


あたしだって知りたくないわけじゃないとはいえ、哀のいないところで勝手に知るのも気が引けて一応そう言ってみたのだが、2人はあっけらかんと答えた。


「ここまで指摘されては否定する方が難しいでしょう。あの方の不用心さが原因ですし仕方ありません。もう少しうまく隠せないもんなんですかね?」
「大神の言う通りだ。あいつはただのEランク隊員じゃない。……ただ、その“消された記憶”とやらに関しては俺たちにもよく分からない。あいつは最近隠し事が多いからな」


嘘を吐いているようには見えない。

知らない間に記憶が消されてるって、何か怖いわね。

戦死したSランク能力者がいたって事実は知ってる。

でもその人が橘優香って名前だったことは知らない。あるいは、忘れてる。

そう言われてみれば、小さい頃からこの軍事施設に出入りしていたあたしがそんな凄い人の名前を1度も聞いたことないって、ちょっと不自然よね。

やっぱりつい最近まで覚えてたことを忘れてるのかしら?

でも、哀が記憶を消せるなら、あたしに性別がバレた時どうしてあたしの記憶を消さなかったんだろう。

負担の大きい能力だから?短期間にそう何度も使用すると効果が落ちるから?

性別に関する記憶よりも、橘優香に関する記憶を眠らせ続けることを優先したってこと?

……あーもー分かんない。


それにしてもこのSランク2人、随分あっさり答えてくれるのね。

こいつらがその気なら、あたしも今気になってること聞いちゃおうかしら。


「ここへ来る時のあれは何だったの?」


襲い来る人々が急に幼児化した、あれ。

東宮泰久はあの現象の原因を分かってるみたいだった。


「あれは戦友のやり口だ。特殊な状況下で何度か目にしたことがある」


戦友?じゃあ、日本帝国軍の人間があたし達のサポートをしてくれてたってこと?


「どうやってこの状況を知ったか知らないが、何か目的があって手助けしてくれたんだろう」
「あの人はいつも何を考えているのか分かりませんからね。残念です、彼の邪魔が入らなければもう少し哀さんと2人きりでいられたのに」
「……」


じろりと何か言いたげに一ノ宮一也を見た東宮泰久は、暫くして躊躇いがちに口を開く。


「お前はその……あいつのことが好きなのか?」


……その話ここでしちゃダメじゃない?寮に帰ってからした方がいいんじゃない?哀の性別バレるわよ?

って何であたしが1番焦ってんのよ!!


「そうですね。性的な目で見始めたのは8年前です。それ以前から特別な存在であったのは確かですが。因みに言うとおよそ7年前から体の関係がありますし、キスの回数もセックスの回数も哀さんの歴代セフレの誰よりも多い自信があります」


さらさらさら~。まるで砂が掌から溢れ落ちていくかのように流れ出る衝撃的な言葉の数々。

東宮泰久もびっくりしているだろうが、あたしもあたしでびっくりしている。

いやいやいやいや、状況考えなさいよ状況。薫も瀬戸川さんもいんのよ?あとあたしも。