深を知る雨



血の剣で刺されたのだ。

急所から外れたのは、咄嗟に楓がずらしてくれたからだろう。あの速さに付いていけたのは凄い。


「――――てめぇ遊に何やってんだぶっ殺すぞ!!」


俺が攻撃されたのを見た薫が、怒鳴りながら物凄い勢いでロイ・エディントンに攻撃を仕掛ける。

すると、驚いたことにロイ・エディントンはそれを防げず、モロに薫の攻撃を体で受けとめた。

……薫、お前どっからそんなパワー出してんねん。

次の瞬間楓も強風を起こし、殺す勢いでロイ・エディントンに向かって攻撃する。


「今の、あたし達に喧嘩売ったって捉えていいのよねえ?あ?答えなさいよクソ野郎ッ!!」


―――圧されている。

あのロイ・エディントンがAランク能力者2人に圧されている。


「…っは、ふーん。思ったよりやるねー君たち。成る程成る程。でも俺が操れるのは自分が生み出した血液だけじゃないってこと、知っておいた方がいーよ?」


ぷしゅり。俺の傷口から血が飛び散った。

……あぁ、そうだ。あいつは目視できる血をいくらでも操れる。

今、俺はあいつに命を握られているも同然だ。

それに気付いたのは俺だけではないようで、薫と楓もピタリと攻撃を止めて俺を振り返る。


「無知なバカ共にしては理解力があるねー。そーそ、そいつは今人質なの。俺の気分次第でいつでも殺せる」


薫と楓は心配そうに俺の腹を見ている。

そんな泣きそうな顔でこっち見てくんなや、アホ。

こんなとこで死なんわ、俺は。


俺は傷口を押さえながら、ゆっくり息を吸い込んだ。


「俺なぁ。Aランクの読心能力者やねん」


こいつは俺の能力なんて知らないだろうが、教えてやる。


「読心能力者は高レベルになると超能力の働く方向を変えて相手の脳を破壊できるって知っとるか?この距離なら一発や。――――お前が俺の全身の血ぃ3分の1抜くんと、俺がお前の脳機能停止させるん、どっちが早いやろなぁ」


周囲の空気が凍り付くのが分かった。

事実、今この距離ならロイ・エディントンを脳死させるのに1秒も掛からない。


「……へえ。確かに、その傷口から君の血を抜き切るには少しの時間が掛かる。……でも、」


ロイ・エディントンは俺の読心能力の有効範囲外まで行きたいのか、浮遊しながら遠ざかっていく。


「“血を抜く”のは無理でも、君の心臓を“血で貫く”なら、こっちの方が速いよー?」


言葉の通り今度こそ殺すつもりらしく、凄い勢いで血の矢が飛んでくる。

――しかし、薫が大気から作った剣で飛んでくる血の矢を弾き飛ばした。

いや薫お前マジで凄いな、Sランクのスピードに付いていけるて化け物やん。


「遊!今だ!」


薫の声と同時に本気でロイ・エディントンを殺そうとした時、ロイ・エディントンが降参とばかりに両手を上げた。


「ストップストップ。分かったよー、行かせるよ。俺も死にたくないしね」
「……あ?」
「今殺し合っても仕方ないでしょー。俺が君たちを殺しても大した問題にはならないと思うけど、君たちが俺を殺したら大問題だよ?俺英国の大物だし。大英帝国に、日本帝国から喧嘩売られたって思われちゃうよー?君たちにとってはデメリットの方が大きいと思うなー」


一理ある。

予定より早く戦争が始まってしまうことはお互い避けたいはずだ。


「もう止めないから、さっさと行きなよ」

  [俺だって本気で君たちを止めたいわけじゃないしねー]


……嘘はない。

俺はまだ臨戦態勢の2人の腕を引っ張ってロイ・エディントンの前を通り過ぎた。

視界の隅で、ロイ・エディントンがにこにこしながら手を振ってくるのが見えた。


「ちょっと、離してよ。あたしあいつぶっ殺さないと気が済まないんだけど!」
「やめとけ。あいつはやばい。命拾いしたと思た方がええぞ」


まだ満足していない様子の楓に忠告し「さっさと止血したいし、はよ行かなあかんしな」と付け足す。


……ったく、思わぬ邪魔が入ったもんやな。

一ノ宮んとこ行く前に死にかけたわ。

一ノ宮の差し金ってわけでもなさそうやったし……あの男、一体何が目的やったんや?




 《0:35 マカオ》ロイside


「あーあ、行っちゃった」


聞こえるようわざと大きな溜め息を吐き、仕方のなかったことだというアピールをする。

……が、やはり不機嫌そうな声が小型通信機から聞こえてきた。


『どういうつもり?』
「何がです?ナディア元帥」
『行かせるなと言ったでしょう』
「そう言われましても。勝てる状況ではありませんでしたし、自分の命優先ですよ」
『よく言うわ。どうとでもできたくせに』
「危なかったのは事実です。No.4の奴、去り際に弱化能力で俺の血流操作の精度を下げてきやがったんでね」


No.4の弱化能力のせいで、他の能力もうまく使えなかった。

俺の強化能力は自分に対して有効じゃないし、あのまま戦っていたら本当にやられていたかもしれない。

認めたくないけどねー。


「それに、元より俺はあの子を戦争が終わるまでNo.2の元に置いておくことは反対です」
『はあ?』
「俺が惹かれるのは、他者に押さえ付けられ翔べない天使じゃないんですよ。自らの力で大空を飛び回る天使の羽こそ引きちぎってやりたくなる。意味、分かります?」
『……あの子を泳がせたいのね。悪趣味な男』


吐き捨てるように言うナディア元帥は、どうやら本気で哀花ちゃんを監禁されたままにしておきたかったらしい。ビビりすぎでしょー。


確かに俺たちの勝利に哀花ちゃんの存在が邪魔になるだろうとは言ったけど、邪魔になるだけだ。

負ける気はしない。

哀花ちゃんは、戦争を彩るスパイスになってくれるだけ。



嗚呼。

哀花ちゃんがいると思うと今から戦争が楽しみだ。

ぞくぞくする。



地面を蹴り上げ空へと飛び立った。

散歩も飽きたところだし、そろそろ英国に帰りましょーか。



……あぁ、それにしても。


「あれはなかなか演技が上手いですね。まるで本当に俺と敵対してるみたいだった。周りが騙されるはずです」
『……本気だと思うわよ、さっきのは』


本気、ねえ。

俺と知り合いじゃないみたいな態度を取ったのは演技で、俺にあの読心能力者を傷つけられて怒ったのは本気、ってことかな。


「だとしたらちゃんと寝返れるんですかねー」


俺は心配だよ。

――――中途半端に人間味のあるスパイってのが、1番役に立たないから。




 《0:45 高層ビル前》薫side


遊の止血を終え哀のいるという建物まで向かっていると、途中の道に東宮が立っていた。


「上出来だ」


先に哀を助けに行ったと思っていたのに、東宮はどうやらずっと建物の外で俺たちを待っていたらしい。


「……お前、さっきの見てたのか?」
「あぁ。遠くからな」


……俺たちの訓練の成果を見物って、随分余裕だな。

哀に熱が出た時俺たちを哀から遠ざけようとしたくらい過保護なクセに、誘拐されてる今はそんなに焦ってねぇのか?基準が分かんねぇんだけど。

疑問を抱いたのは俺だけではないらしく、隣の遊が訝しげに言った。


「案外落ち着いてるねんな。俺らなんか放っといてあのチビ助けに行くと思てたわ」
「本当に危険なようならそうするが、あいつは心配ないからな」


心配ない?何故そんなことを確信を持って言えるのか。


「…………そういうことかい」


何かを理解したらしい遊が苦笑いした。

おそらく東宮の心を読んだのだ。

くそ、ずりぃ。1人で納得してんじゃねぇよ。


「俺がどんだけ心配したと思てんねん。帰ったら説教やな」なんて不満げにボソボソ呟いているが、一体何があったと言うのか。

俺がその疑問をぶつける前に、東宮が少し離れた位置に倒れている従業員らしき男を指差した。


「この建物から出てきた人間を1人気絶させておいた。お前、確か意識のない人間相手なら記憶も読めるんだったよな?」
「あぁ」


遊が一歩前に出て、従業員の額に触れる。


「……場所は最上階。部屋に超能力抑制ガスが充満しとる。一ノ宮には効かんように調整されとるな」


従業員の記憶にある哀の居場所を読み取った遊は不意に手を離して、「問題は麻里やな。こいつ、麻里の居場所は知らん」と言った。

今回はたまたま哀の居場所を知る従業員だったからいいものの、他の従業員が出てくるのを待っていちいち倒して記憶を読む……なんてことをしてもう1人の方の居場所を探るのは時間が掛かる。


「麻里が今端末使える状態かどうかは分からんけど、取り敢えずかけてみるわ」


遊がそう言ってポケットから端末を出し、通話をするため少し離れた場所へと移動した。


「でも、居場所が分かったとしてどうやって助けにいくのよ?この建物の中の連中もあたし達を襲ってくる可能性大じゃない」
「気合いで突き抜けるしかないだろう。安心しろ、輸送場の時ほど人はいないはずだ」
「え、ええ……」


気合いでどうにかしろと言う東宮に対し口許をひくつかせる楓。

おそらく連中は顔で俺たちを認識しているだろうから顔面変形ドリンクを使って顔を変えてみるのも手だと思うが、あれは高額なため全員分を買うとなると今すぐには無理だ。

東宮の言う通り気合いで突っ切るしかない。


「哀のいる部屋の超能力抑制ガスは俺が状態変化させる。そっから一気に哀を回収すっぞ」
「いや、いらない」
「は?」


現状最も効率的な方法だと思ったのだが、東宮はこの意見を否定してきた。



「超能力はいらない」


街のネオンに照らされる東宮の横顔は、何かを決心している顔だった。