哀花が20歳になった日。
おおよそ親が不要になるであろうその日、一也は――――哀花の両親を殺した。
哀花を苦しめ続ける要因を排除しようと思った。
超能力を使い、2人に自ら行方を眩ませ誰も知らない山奥で自殺させた。
哀花は当然ながら一也の仕業であるとは知らず、自分は両親に捨てられたのだと笑って言った。
哀花はその日初めてお酒を飲んだ。
20歳じゃないとできないことをしたいと言い出したのは哀花で、ならお酒はどうですかと適当に勧めたのは一也だったのだが、一也はすぐに飲ませて正解だったと思った。
飲めば哀花はいつも以上に饒舌になる。
酒さえあれば哀花の本音を聞ける気がした。
哀花はいつも吐かないマイナスの感情を一頻り吐き出した後、突然泣き出した。
ついに捨てられてしまったと。
一也は何故哀花が泣くのか分からず困惑した。
あんな親死んでもよかったじゃないか、と――寧ろ喜ぶべきだとすら思った。
しかし、
「いつか、私のこと認めてほしかったのにな」
哀花は泣きながら叶わなかった願いを口にする。
そこで一也は、彼女の中に本当に少しも親を責める気持ちがないことを知る。
「これで私の家族、みぃんないなくなっちゃったなぁ」
泣きながらケラケラ笑う哀花を見て、一也は酷い後悔に襲われた。
「次は私の番かぁ」
「……何ですか、その言い方。自分もいなくなるみたいに」
「そーだねえ。やることやったら死のっかなぁ」
冗談なのか本気なのか分からず思わず黙った一也に対し、哀花はまたクツクツ笑う。
「私ねぇ、死ぬなら中国で死にたいの」
「……中国?何でまた」
「お姉ちゃんが死んだの、中国だったから」
同じ場所で死にたいの――その言葉の途中で、かくんとテーブルに突っ伏した哀花は、そのまますうすうと可愛らしい寝息をたてながら寝てしまった。
一也は溜め息を吐き、哀花に自分の上着をかけた。
そしてその体の小ささを改めて感じ、自分はこんなにも若い女性の両親を奪ってしまったのだと漸く実感した。
ねぇ哀花様
僕は壊すことしか知りません
それでも貴女が愛しいです
大好きで仕方ありません
こんな僕を許してください
ずっとお傍にいさせてください
そう呟きながら、目覚めない哀花の瞼にキスを落とす。
どうしたって届かない思いを抱え、その日も一也は眠りについた。
その少し後、一也は哀花が日本帝国と大中華帝国の軍事同盟を結ばせるため暗躍していることを知る。
時折不自然な時間帯に出掛ける哀花の服のポケットから瞬間移動輸送場の中国行きチケットが見えたことがきっかけとなり、哀花の動向を人を使って調べたのだ。
一也の心にある疑惑が浮上した。
――――哀花は優香と同じ道を辿ろうとしているのではないか。
同じように戦死しようとしているのではないか。
そしてその疑惑は、哀花が超能力部隊に入ると言い出した頃確信に変わった。
また戦争が始まろうとしているこの時期に軍人になろうとする理由が、優香の真似事をするため以外に浮かばない。
やはり哀花は死のうとしている。
それも、大中華帝国で戦死しようとしている。
(どうすればいい?)
たった1人の人間の命をそこまで重く感じたのは初めてだった。目眩がするほど動揺していた。
彼女が死のうとする前に止めなければならない。
しかしいざその時が来たとして、本気の彼女相手に止められるとも思えない。
Sランク能力者となった哀花は、以前よりも器用な真似ができるようになっている。
一也の監視の目も掻い潜って逝ってしまうかもしれない。
何日も悩んだ末、一也はあることを思い付いた。
(1人で死なせるくらいなら)
(残りの人生がいらないと言うのなら、)
失われる予定だった彼女の残りの人生を、全て己の物にしてしまえばいい。
死に場所だけは望み通りに。
大中華帝国を一也と哀花の2人だけの楽園にする。
哀花と共に過ごし、共に死ぬ。
(ああそうだ、それがいい)
そのためには――誰にも邪魔されぬよう、大中華帝国を支配しなければならない。
戦争が始まっても2人して安全でいられるように、大中華帝国人全員で自分達2人を守るよう仕向ければいい。
そのために何人犠牲になろうと構わない。
戦争で何千人何万人が死のうと、自分達だけ生き残ればそれでいい。
大中華帝国内で、能力者人口割合が最も少ないのがマカオだった。
Bランク以上の能力者を操れない一也は、そこから徐々に支配範囲を広げていった。
Sランクの催眠能力とは恐ろしいもので、大中華帝国の国土のおよそ半分の人間は、既に一也の支配下にある。
これが、今現在唯一橘哀花の目的を知る一ノ宮一也の選んだ道なのだった。



