深を知る雨





――――その日の晩。

満月の輝く明るい夜に、締め切っているはずの部屋にいたティエンはふと風を感じた。

夜風の吹いてくる方向に目をやると、窓が開いている。

軍事施設内で最も広いその部屋に窓から入ってきたのは、


「初めまして、お前が噂の中将さん?」


1人の日本人の女だった。


「…………暑い、閉めろ」


出ていけという意味で言ったのだが、見知らぬ女はあろうことか部屋に入ってから窓を閉める。


「今日みたいな暑さ、なんて言うか知ってる?」
「はァ?」
「“エーテルが沸騰するような暑さ”って言うらしいよ」


どうでもいいことを話しながら近付いてきた女は、ティエンの寝転がっているベッドに近いテーブルに紙袋を置いた。

その袋の中には、珈琲豆の瓶が入っている。

明らかにおかしいことはティエンにも分かった。

この部屋は、そう簡単に窓から侵入できる作りにはなっていない。


「私は鈴。珈琲でも飲みながらお話しない?」
「……」


ティエンが返事をしないことなど気にもせず、部屋にあったコップを勝手に取り出しそこに豆を入れ始める鈴。

そう時間の経たないうちに珈琲は出来上がり、テーブルに2つのコップが置かれた。

ティエンはちょうど何か飲みたい気分であったこともあり、渋々起き上がって椅子に腰を掛ける。


「……何で珈琲?ボク今いちごミルクが飲みたい気分なんだけど」
「贅沢言わないの。こっちはセックス後の眠気覚ましがしたいんだから」
「セッ……、…はァ?」
「久し振りに頑張っちゃったー。リューシェンなかなかの遅漏だったし」
「……リューシェンの彼女の1人かァ」


見慣れない女であるが故に何者なのか検討のつかなかったティエンは、そこで少し納得した。

何故この部屋に侵入できたのかは全く分からないが、この女がここにいるのはリューシェン絡みなのだろう、と。


(……あま)


珈琲を一口啜ったティエンは僅かに眉を寄せる。

ティエンは甘くない珈琲を飲めない。

その点だけを考慮すると素晴らしい味なのだが、なんというか……美味しくない甘さだった。


「どうやったらこんな味になるわけェ?不味いんだけど」
「えーそう?美味しいと思うけど」


鈴は自分に入れた分の珈琲をガブガブ飲みながら、さも不思議そうにティエンを見る。

味覚音痴すぎる、と呆れながら、ティエンは改めて女の格好を確認した。

お洒落をしている、という感じではない。

動きやすい服装を意識しているようだ。

髪は長すぎず短すぎずといった程度で、ハーフアップにしている。


(……………かわいい)


正直、好みだった。

年上のお姉さん、明るくて元気そう、馬鹿そう、あまり“女”という感じがしない、謎が多い―――全てティエンの好みに当てはまる。


部屋に入ってきた時点で侵入者として殺しても良かったのだが、そうしなかったのは、ちょうど退屈だったというのと、鈴の見た目が好みだったからだ。

実に子供らしい単純な理由である。