深を知る雨



 《15:00 Aランク寮》


久しぶりに来たAランク寮。久しぶりって言っても一週間とちょっとしか経ってないんだけど、随分久しぶりに感じる。

居間のソファに座る薫と里緒、立っている遊と楓。

「いや~、まさかあのドアぶっ壊すとは。さっすがAランクだな~嬉しいな~」
「別に僕が言い出したことじゃない。楓がどうしてもって言うから……」
「勝ったのに関わらせないって言い出す向こうが悪いじゃない。ドアくらい壊されて当然よ」

Aランク寮に帰ってきた遊たちから泰久の態度を聞いた楓は、その場の怒りに任せて皆を引き連れてSランク寮に向かい、「どうせ入らせてくれないんだろうから壊すわよ!」と言い出したらしい。

私にはこの楓のめちゃくちゃっぷりが面白くて仕方ない。

里緒は私と関わるためにそんなことまでさせられたのがとても不満なようで、今もグチグチ言ってきているが。

「大体何だ?あの“2番目にできた友達”って。僕はあんたと友達になったつもりない」
「まーまーそんなこと言うなよ里緒~里緒ともこれから友達になるんだぞ~?」
「……うっざ。何かこいつ、調子乗ってうざさ増してない?」

2メートル先の里緒にばちこんっとウインクしたが、鬱陶しそうに顔を背けられてしまった。“2メートル先の君”って何か映画のタイトルっぽくていいな。

「里緒“とも”って何だ?まるでこの中にお前の友達がいるかのような口ぶりじゃねぇか」
「なんっで薫はそーいうこと言うかなぁ!?オレ達友達じゃあん!?」
「はー?無理無理無理無理マジで無理ー。底辺とオトモダチになるわけねぇだろうが」
「いつまでも底辺底辺うっせー男だな……!能力無しじゃ勝てねーくせに!来いよ、Eランク隊員の本気見せてやる!」
「言ったな底辺。今日こそ決着つけようと思ってたところだぜ」

勢いよく立ち上がる薫と、これから来るであろう攻撃に対し構える私。

と。その間に割って入ったのは遊だった。

珍しい。私たちの喧嘩には関わりたくないとか言っていつも隅で傍観してたのに。

その手元には空のタッパがある。

「ありがとな、うまかった」
「……あっ!そうだ、蜂蜜レモン!もう全部食べちゃったの!?」
「そりゃな」
「えええええええ早っ!」
「お前があっち行くから悪い」
「だってとりあえず泰久納得させなきゃ場が収まらないと思って……」

時間無かったから味見もしてないんだよね。時間無かったっていうか早く自分の正体隠す気0のティエンから離れたくて余裕が無かったって方が正しいんだけど。

しょんぼりしていると、遊がふっと柔らかく笑った。

「今度たなべれすとらんで奢ったるから、そんな凹むなや」
「まじで!?高いの頼んじゃおっかな~」

これでもかというくらい食い付いたところで、ふと楓が私たちを見てニヤニヤしていることに気付く。……私のあまりの美貌に思わずニヤニヤしてるのか?

「何?楓」
「遊が心読めない相手に気ぃ許しつつあるのって珍しいなって思っただけよ」
「俺が滅多に他人を信用せんみたいな言い方やめてくれるか?」
「あら、事実じゃない。まずは疑ってかかるくせに」
「おいコラ遊、何でもいいからそこ退けよ。邪魔だ」
「……昼間っから喧嘩か。ほどほどにしとけよ」
「喧嘩に時間は関係ねぇ。やりたくなったらやる」
「……って言っとるけど、おいチビ」
「へ?」
「体調は大丈夫なんか」
「めっさ元気だけど……?」
「なら薫の相手したってくれ。くれぐれも、体に異変感じたらすぐ言うんやぞ」
「……おう」

何か遊、優しい……?

まぁ、泰久があんなこと言い出したのも私の体調の悪化が原因だもんなー。泰久がまたAランクとは関わらせないとか言い出したら面倒だと思ってるんだろう。

と。

「考え事か?余裕だな」
「ッ、」

薫が前方から蹴りを入れてきた。

相変わらず重い蹴りだな……!でも今日は私、訓練が休みだった分疲れてない。こっちがちょっとだけ有利だ。

攻撃を仕掛ける私の視界の隅には、迷惑そうに場所を移動する里緒と、子を見る親のような目をした楓と、眠たそうに欠伸する遊。

―――ああ、やっぱり楽しいなぁ。泰久や一也なら、きっとこんな風に真っ向から喧嘩してくれない。泰久や一也なら、私が誰かと喧嘩を始めそうになったら、きっと止める。

新しい友達。8年前のあの出来事とは、何も関係のない友達。

あの人のことを、知らない友達。ああ、そっか。だからこんなに楽しいのか。

―――この8年。私は泰久や一也の前で、こんな風に笑えていただろうか。