ギクリとして顔を上げながら後ろを見る。目にすこしかかるホワイトブロンドがさらりと流れて、湖畔の瞳は私をジッと睨みつけた。
隠してるわけじゃない。言ってないだけで。そんな言い訳もうできないくらいの距離感で、見つめた無表情も私だけが解ってる。
私だけが。
ってドロドロした純粋な負感情。
「芽吹、なに、」
「解って、彗」
それを蓋するように、近づいて、呼吸を塞き止めるキスをした芽吹に、私は遅れて目を閉じた。今は学校だよ、なんて止める理由はそれしか思い浮かばなかった。
きゃあ、と誰かが声を上げて。私は彼の頬を指先で押す。急激に頬に熱が上がって目眩がしそうなほど恥ずかしくなった。
すこし離れた芽吹が学校以外で見せる柔らかな微笑みを浮かべて、私の手を掴む。強引に引かれて慌てて駆け出した。もう周りなんて気にならないくらい、夜空の星くらいどうでもよくなった。薄情。
いつも、いつの日も私と彼は走っている気がする。引かれるまま足を踏み出していつも転ぶ隙もなく駆けている。振り返る人の顔なんて見てる暇なく、彼の背を見てる。
サイテーでもいい、何でも。私の内面はいつでも冬で。彼の突発的なところ、ずっと知っていたい。解って。解らなくても教えて欲しい。そんなことも恋情の二文字で収まって。
「めぶきっ、」
「なーに」
ちょっと無理して声を出すと、速度をゆるめて、だんだんゆっくりになる彼のことも。ワガママって言葉じゃおさまらないほど面倒臭い私を見つめる彼のことも。
心底ずっと。
「どこまでっ、行くの?」
「彗が行きたい場所」
「、え?」
すこし呼吸を整える私を肩越しに振り返った芽吹は、夏のあおい空としろい雲に馴染んでしまうほど涼やかな笑みを浮かべた。
「たまにはいーんじゃね」
つられて口角が上がるから、誤魔化すために繋いだ手にきゅっと力を込める。
「私最悪な気分だったんだよ」
「うん、知ってる」
「今まで何も思わなかったのに、ちょっとモヤモヤした」
「うん、知ってる」
見慣れていた住宅街とは別れた道、海に近い道に次は私が彼の手を引いた。
「顔に出てた。不満です、って」
「芽吹も出てたよ、不機嫌なの」
「彗がこっち見ないから」
それは今も続行されているのかな、なんて思ったから彼のほうを見上げる。だけど今は喜を綻ばせたような笑みを描いた表情で、芽吹は此方に視線を向けて。
「もっと妬いてよ」
うれしそうに繋いだ手を持ち上げて、私の指先に口付けた。
「最近キザだよ、ね」
「そーいうのがいーんだろ?」
「違うよ」
頬が熱いのは気温のせいにしたい。
彼のせいだって言えばきっともっと自覚せざるを得ないから。
芽吹の上腕に頭を軽く擦り付ける。たまにはこういう、素直な部分で駄目になってくれないと悔しい。私ばっかり夢中みたいで、同じ温度でいたいってずっと思う。
「芽吹だからいいんだよ」
星に焦がれたことなんて一度もない。
きれいだとか一度も。流れて欲しいだとか一度も。一ミリ、誰かを浮かべたことなんて。
星に焦がれたことなんて一度もない。
自分の名前みたいなエピソードなんて一度も。
特別なことなんて何も要らなかった。
彼ですべてが満ちて。
「ずるいね」
顔を上げる。
美しい顔が困ったように眉を下げるくせに、微笑みはうれしそうに彩られた。
言えない言葉が、感情をある。それは私の名前の由来、カンケイを変える呪いの正体。それを選んででも、この人を他に渡したくないって本気で思ってる。
「芽吹」
お願い。私に恋われて欲しい。
お願い。眼で射止めて欲しい。
見上げたチョコレート色の瞳、解ってくれる感情だけを汲み取って。他はずっと伝えるから。
「すきだよ」
私の言葉に返事をするように、芽吹は美しい微笑みを浮かべて。
「彗」
慈しむ声色で、私の名前を呼んだ。
きっと夏の温度にどこまでも不似合いだった。
それでも、繋いだ手は離せない。
そんなことすら伝えたくて、背伸びをした。



